日々意識のほとんどを奪っている問題だらけの人生に対する恐れと欲望のすべてが過ぎ去ったとき、
いったい何が残るでしょうか?
一本の線です。
墓石に刻まれる誕生日と没日のあいだの1インチか、2インチほどの長さの一本の線です。
エゴの「わたしに」とっては、これは気の滅入る考えです。
あなたにとっては、胸のすくような、解放感のある考えです。
エックハルト・トール
日々意識のほとんどを奪っている問題だらけの人生に対する恐れと欲望のすべてが過ぎ去ったとき、
いったい何が残るでしょうか?
一本の線です。
墓石に刻まれる誕生日と没日のあいだの1インチか、2インチほどの長さの一本の線です。
エゴの「わたしに」とっては、これは気の滅入る考えです。
あなたにとっては、胸のすくような、解放感のある考えです。
エックハルト・トール
旅に出て、もしも自分より優れた者か、または自分に等しい者に出会わなかったら、
むしろきっぱりと独りで行け。
愚かな者を道連れにしてはならぬ。
「自分はひとりなのか、それともふたりなのだろうか?」
こんな自分と生きていくのが嫌だとすると、『自分』と『自分が一緒に生きていきたくないもうひとりの自分』という、ふたりの自分が存在することになります。そこでわたしは自分に言い聞かせました。
「きっと、このうちのひとりが、『ほんとうの自分』なのだ」
この時、わたしは、頭の中でつぶやいていたひとり言が、ピタリとやんでしまうという奇妙な感覚に、ハッとしました。
わたしの意識はしっかりしていましたが、わたしの思考は「無」の状態でした。
次の瞬間、 わたしは、まるで竜巻のような、すさまじいエネルギーのうずに引きよせられていきました。
それは、最初はゆっくりで、次第に速度を増していきました。わたしはわけがわからず、恐怖でガタガタと震えはじめました。
その時「抵抗してはなりません」というささやきが胸に飛びこんできたのです。
すると、 なぜか、恐れは消え去りました。
わたしが観念して、エネルギーのうず、「空(くう)」に身をゆだねると、わたしはみるみるうちに、その中に吸いこまれていきました。
そのあと、 なにが起こったのかは、まるっきり記憶にないのです。
翌朝、小鳥のさえずりに、目を覚ましました。
まるで生まれてはじめて聞くかのような、 美しいさえずりでした。目は閉じたままでしたが、脳裏のスクリーンに、さんぜんと輝くダイアモンドのようなイメージが見えました。
「なるほど! ダイアモンドに声があるとするなら、きっとこんな声に違いない!」
わたしが目を開けると、力強い朝日が、カーテンを貫いて、わたしの部屋に降り注いでいました。
この時のわたしは、そのまばゆい光が「人間の英知をはるかに超えた、無限ななにか」であるということを、あたりまえのように知っていました。
「そうか、この暖かい光は、愛そのものなんだ!」
あなたとは誰か?
そして運命や自由意志を持っていると考えるその人とは誰なのかを見いださねばならない。
あなたとは誰か?
そして何故あなたはこの限定された身体を得たのであろうか
乗り物の動きをあなた自身の動きと誤って同一視したように、あなたの行為もあなた自身のものではなく、神の行為なのである。
膨大な仕事を成し遂げたとしても、実際には彼は何もしていない。
それ故、彼の活動が心の平和と無為の道を妨げることはない。
何故なら全ての活動は彼の存在の中でのみ起こり、彼自身は何もしないという
真理を知っているからだ。
それゆえ、彼は起こっている全ての活動の沈黙の目撃者としてとどまるのである。
ラマナ・マハリシ