「はぁ、はぁ・・・。」
月が天に昇り、ほのかに夜空を照らすその下で一人の男が人気のない町外れの道を走っていた。すでに数十分走ったのだろう黒の短髪に男前の顔には汗が吹き出し、汗が滴となって地面に落ちていく。
「はぁ、はぁ、ん・・・?」
ふと男は走っていた足をふと止める。男が見ている方向に数メートル先に男の行方を阻むように誰かが立っていた。
(何だ、俺以外にこんなとこにいるなんて…?)
ふと男がそう思っていると向こうに立っている人物が口を開いた。
「宍戸祐二、だな?」
その言葉に今まで走っていた男、宍戸祐二は眉をしかめた。低い声から数メートル先にいる人物が男であると推測される。そして自分が宍戸祐二を知ってこんな時間に会いに来るなんて理由は一つぐらいしかない。
「おいシカトすんなよ。宍戸祐二なんだろ?」
「だったらなんだ?」
宍戸祐二。3ヶ月前に総合格闘家としてプロデビューをした22歳の期待の新人。この3ヶ月の間で5回の試合を行い、そのすべてにおいて勝利をおさめメディアを通して「彗星のごとく現れた若き天才」とその知名度は世間に広まっていた。
その為か時々腕自慢に来ているのかこうして絡まれることがある。宍戸はその度に軽くあしらうようにしている。現にこの男にもそうしようと思っている。
「そうか、会いたかったぜ。」
男はそう言いながらゆっくりと近づいてくる。
(・・・!?で、でかい・・・!)
男が近づいてくるとそう容姿が鮮明になってくる。顔はパーカーのフードで隠れて見えないがその体躯は見事なものだった。宍戸自身188cm、95kgと恵まれた体躯を持っているが男は宍戸よりも頭一つ分ほど背が高く、身体もパーカーがはち切れんばかりと筋肉が押し上げられている。
やがて男は宍戸とあと一歩というところまで近づくとそこで立ち止まる。
「悪いが俺と闘っちゃくれないか、期待の新人さん?」
「・・・悪いがそんな暇はない。それじゃ俺は行くぞ。」
宍戸は男の横を通り過ぎようとすると男はガッと宍戸の肩を掴む。ググッと肩を掴む手に力が入っていて宍戸は少し顔を歪める。
「おいおい、せっかく会いに来たんだぞ。それともひょっとしてビビり君だったのか、新人君?」
「・・・っ!いい加減にしろ!!」
宍戸は頭に血が上り、腰を捻らせると相手に向かって拳を放つ。
パシィィィン!!
しかしその拳は男の顔面を捉える前に軽々と相手の手で受け止められた。
(この男、強い・・・!?)
「やっとやる気になってくれたか。」
男はゆっくりとフードをとる。逆立てた金色の短髪、彫が深く精悍な顔つき、そしてその瞳は日本人にはない青い瞳をしていた。
「ついてこい、絶好の場所で戦おうぜ。」
男に連れてこられたのはさらに町から外れた空き地のような場所だった。近くにはもはや住宅地はなく工場などが建て並ぶだけだった。
「どうだ、ここだったら誰にも文句を言われないだろ。」
「・・・そうだな。」
宍戸は返事をしながらゆっくりとジャージを脱ぎ捨てる。ジャージの下からは出てきたのは見事なまでに鍛えられた肉体美だった。黒のタンクトップを押し上げる分厚い大胸筋、剥き出しの二の腕は筋肉を纏い丸太のような太さを誇っていた。正面から見ても逆三角形の肉体からわかるように背筋もしっかりと鍛えられている。
「ひゅ~、流石だな。いい身体だ。」
男は宍戸の身体を隅々まで見つめる。その様子はまるで品定めをするかのような感じだった。そんな中宍戸はゆっくりと構えをとる。
「いいぜ、かかってこいよ。」
男は余裕そうな笑みを浮かべまるで誘うかのように両手を広げる。
「その余裕、すぐになくさせてやる。」
宍戸は構えを取ったまま駆け出し、男の懐に潜り込むと男の顎を狙いアッパーを放つ。が、男は顔をにやつかせながら軽々とそれをかわす。宍戸は男に向かって拳を繰り出すが男は身を翻し男の攻撃を避けつづける。
「くっ!!」
宍戸は身体を捻らせ、相手の首めがけて回し蹴りを放つ。
ガシィィィィィン!!
(っつ・・・・!?)
「へぇ、いい蹴りだな。」
宍戸の蹴りは見事に決まった。しかし男の太い首は宍戸の重たい蹴りを受け止めていた。
(俺の回し蹴りを受けて何事もないだって・・・、こいつ一体!?)
「さてと、俺もそろそろ本気でやらせてもらうとしようか。」
男はそう言いながらパーカーのファスナーを開け、ゆっくりと脱ぎ捨てる。
(・・・なっ!?)
「ん、どうした。俺の身体に見惚れたか?」
男はおどけたように言うが宍戸は男の身体に目が離せなかった。なぜなら筋肉量が半端ないからだ。装甲を思わせる分厚い大胸筋、岩を連想させる隆々とした力瘤の太い上腕筋、背筋も並はずれた盛り上がりを見せており、どれをとっても祐二の二回り以上の筋肉を纏っていた。
(な、なんだこいつの身体は・・・!?)
ボディビルダー、いやそれ以上の、今まで見たことのない男の身体に宍戸は感じたことのない危機感を覚えた。それ程男の身体は見事なものだった。
「オイオイそんなに見とれるなよ。なんだったらポーズなんかしてやってもいいが・・・。」
男は宍戸のタンクトップをガッと掴むともう片方の手の握り締める。
「とりあえず俺も攻めさせてもらおうか。最初は軽くやってやるから腹に力入れておけ。」
(・・・っつ!?)
宍戸はとっさに腹に力を入れる。しかし・・・。
ズボォッッッッッ!!!
「か、はっ・・・!?」
男の拳は宍戸の腹筋を軽々と突き破りめり込んでいく。その衝撃は凄まじく宍戸の身体が宙へと浮く。しかしさらに驚くべきは95kgもある宍戸の身体を軽々と片手で宙に支える男の剛腕である。
「ん、大丈夫か?結構加減したはずなんだが?」
男はそう言いながら腕を引きぬくと、宍戸は膝を突き腹を抱えながら咳き込む。
(な、何だこいつの一撃・・・。こんなの受けたことないぞ・・・。)
「おいおい、立てよ。もうちょっと楽しもうぜ?」
男は、ニヤつきながら挑発をするかのように手招きをする。
「く、クソ・・・。舐めやがって・・・!」
宍戸は足元をふらつかせながらもなんとか立ち上がり、ファイティングポーズをとる。
「いいね、そうこなくちゃ楽しくねえ。そうだ、一発殴らせてやるよ。」
「なっ・・・!?」
男の発言に戸惑いをした。いくら回し蹴りを受け止めたとはいえ格闘家に対して殴っていいなんてとても正気とは思えない。
「ほら、どうした?殴ってこいよ。」
男は見事に割れた腹筋を宍戸に
突き出して見せる。
「・・・後悔するなよ。」
宍戸はそう呟くと腰を落とす。ググッと力を込め、上腕筋、肩、背筋がそれに合わせてどんどん盛り上がっていく。しかし、男はその様子を見ても余裕の笑みを崩さない。
「セイヤァァッッッッ!!!」
宍戸は腰を捻り全力で拳を男の腹筋に向けて放った。
ズドォォッッッン!!
「・・・ッ!?」
「いいパンチだったぜ。だが、俺を倒すには至らなかったな。」
宍戸の拳は確かに男の腹筋に当たった。しかしその頑強な腹筋は宍戸の全力を軽々と受け止めた。
「お、お前は一体何者なんだ・・・。」
「俺か、今は知らなくていいさ。それよりも・・・。」
男は拳を握り腕に力を込める。腕の筋肉が盛り上がり太さを増していく。
「そろそろ終わらせるか。」
ズボォォォォォォッッン!!!
「グッ、グォッ・・・!!」
男の拳は宍戸の腹筋を突き破り、手首近くまでめり込んでいた。その威力に宍戸は意識を手放し気を失った。男が拳を引き抜くと宍戸の身体は地に伏した。
「とりあえずこんなものか。後は帰ってからのお楽しみだな。」
男は笑みを浮かべながらそう呟くと宍戸を担ぎ、夜の闇夜に消えていった。
