メディアでその情報が流れるや否や、私を含めかつて彼のファンであった者たちは、「本当に辞めるのか」「どういう表現で辞めると言ったのか」と、情報を得ようとした。
しかし、すでに私たちはリアルタイムで彼を追いかけておらず、また、身近にもリアルタイムで彼を追いかけているコアなファンはいないため、
もはやその発言の趣旨、彼の真意について正確に把握することができないまま時間は過ぎ、ネット上に流れる断片的な情報、不確かな情報を眺めながら、独りその理由を想像することしかできなかった。
この一週間、ネット上に流れた噂は次のようなものだった。
・いきなりの卒業宣言。レコード会社はもとよりメンバー、奥さんまでもこのことを知らなかった。
・卒業発言をするや否やコンサート終了後、一人で逃げ去るように消えた氷室。関係者は彼を追った。
・氷室を卒業という表現だから、何か別の方法で音楽活動を続けるのか。
・BOOWYを再結成したりしてw
・ファイナルツアーはあるだろう
結局のところ卒業宣言はしたものの、来年ファイナルライブみたいなものはありそうだと多くのファンは理解し、「来年そういう気分だったら都合をつけて行ってみようかな」と思ったに違いない。
事実、私もそうだった。
月曜日と火曜日が過ぎ去った。
そしていつもと変わらない水曜日の朝、通勤時間が長い私はふと、You tubeで彼を聴いた。
もう何年ぶりだろう、彼を見るのは・・・
そんなことを思いながら、検索に表示されるまま、知っている曲をランダムに聴き始めた。
「Jerouseyを眠らせて」「Melody」「Summer Game」「Calling」「Virgin Beat」「Ture Biliever」「Lover's day」・・・
時々BOOWYの曲も交じりながらではあったが、いつしか夢中になって氷室の曲を検索しては繰り返し聴く自分がいた。
ライブに行きたい。
たとえ数万円掛かるとしても2万円以内であればオークションで落札しよう、そんな決意をもってネットで検索をしたものの、さすがに最終日の公演分は残っていなかったものの、最終前夜分は公演3日前だというのに普通にチケットぴあで購入することができた。
20年前の彼の影響力・集客力を知る私にとってこの事実は、彼を取り巻く厳しい状況を想像させるとともに、わずかばかりの落胆を覚えずにはいられなかった。
とはいえ、チケットを入手することができた幸運に感謝しながら7月19日、私は横浜スタジアムへと向かった。
18:00開演ではあったが、15時前にスタジアムに到着し、客層はどういった感じだろうと興味本位でスタジアムを一周した。
まだ開演までに時間があることから会場周辺にはコアなファンが多く皆、総じてブラックのライブTシャツを纏い、薄い茶髪であることから、外見からは売れない30~40歳代ロッカーといった印象を受ける。
女性ファンも一定数いるものの男性同様、なぜか寂れた印象を受けるのは、彼女たちも茶髪で、化粧も今風ではないことが、そう思わせるのかもしれない。
氷室を初期から応援し、今なお声援を送り続けているコアなファンたち。
一般的なビジネスアワーにオフィス街で見かけることもなければ、接することもないような、まるでジプシーのような雰囲気を纏う彼らを見て、彼らの姿は氷室のように生きたいと思い続けた成れの果ての姿なんだろうと思った。
ヒムロ風に言うならば、器用に生きることができず、不器用に生きてきた人たち。
かつて氷室を追いかけた私たちは、年齢を重ねるにつれて氷室から離れていった。
自分の価値観が変わったからと思っていたが、そんな不器用で純粋な彼らの姿を見て、もしかすると厳しい社会との距離が近づくにつれて、氷室を好きでいる自分に辛さを感じるようになったことが、その理由なのかもしれないと思った。
彼を忘れるよう、自分でも気づかない本能的な感覚が、自分の中から彼を遠ざけてしまったという…
氷室を見続けることは、いつまでも自分の純粋性を守ろうとすることである。
しかし、純粋であることを社会は許さない。
無難に社会生活を送ろうとすればするほど、時に私たちは思いとは裏腹の言葉を選択したり、真実から目を背けたりすることが多くなる。
器用さを身につけて、ストレート過ぎたり純粋過ぎる人を見かけると、子どもだなと冷笑的に俯瞰する。
それは必死に社会に属していようとする、単なる自己防衛にすぎないことに気づきもしないで。
氷室京介は、ストレートである。
純粋であり、真っ直ぐであることが善であり幸福をもたらすと思っていた私たちは、だから氷室に憧れ、彼を追い続けた。
しかし、複雑な社会の中で揉まれ、真っ直ぐに歩いていくことのしんどさに耐えきれなくなった私たちは、徐々に氷室を遠ざけ、日常的な社会生活では思い出さないよう、いつしか彼を思い出という箱の中に閉じ込めてしまった。
いまだ氷室を自分の中心において追い続けるジプシーたち、一方、器用さを身につけ社会に必死にしがみついている私たち。
社会からはじかれようとも純粋性を失うことなく真っ直ぐに生きている彼らたち、他方、社会の中で揺らされながら大切なモノを失ったことにさえ気付かず退屈な社会生活を送っている私たち…
一体、人生の幸福とは何なのか、私にはわからなくなった。
18:00、開演の時刻。
座席はステージ真向かいの上段の席で、ステージ上の表情まではわからないもののスピーカーの正面に位置し、悪くない席だった。
私の周りには、おそらく卒業発表があってから慌ててチケットを購入した、いわゆる昔日のファンたちが多かった。
年齢層も30歳半~40歳前後の夫婦が多かった。
私の席の周辺はアリーナ席の盛り上がりに比べて、落ち着いた印象だった。
ギタリスト、ベーシスト、ドラマーがステージに登場しても座ったままという状態。
もしかするとライブ中も座ったままかと思っていた時、氷室京介がステージに登場した。
瞬間、周辺の皆がいっせいに立ち上がった。
いや、立ち上がったというよりも、本能反射的に立ち上げさせられたといった表現が適切であろうか。
氷室がステージ中央ポジションへと歩くわずかばかりの瞬間、私を含め会場全体は皆、少なくともこう思っていた。
「卒業は本当なのか?なぜなのか?1週間の間にメディアが配信した数々の話について彼は何を思っているのか」
イントロのギターが鳴り響き、ドラムが激しく弾かれる中、マイクを手にした氷室。
様子を伺うように前のめりになる私たち。
そんな私たちの心境を正確に汲み取っていたのか、氷室は叫ぶ。
「余計なことをゴチャゴチャ考えてんじゃねー!いくぜ!!」
その瞬間、会場はひとつになった。
そうだった。いや、そうなんだ。
なぜ辞めるのか、これからどうするのかなんて、今この瞬間には関係ない。
今日のこのライブを楽しむために私たちは来たのだから。
氷室に会うのは20年前の「SHAKE THE FAKEツアー」以来、20年ぶりだけど、このひと言を聞いたとき、私は彼が好きだったことをはっきりと思い出した。
一体、人生の幸福とは何なのか、私にはわからなくなった。
18:00、開演の時刻。
座席はステージ真向かいの上段の席で、ステージ上の表情まではわからないもののスピーカーの正面に位置し、悪くない席だった。
私の周りには、おそらく卒業発表があってから慌ててチケットを購入した、いわゆる昔日のファンたちが多かった。
年齢層も30歳半~40歳前後の夫婦が多かった。
私の席の周辺はアリーナ席の盛り上がりに比べて、落ち着いた印象だった。
ギタリスト、ベーシスト、ドラマーがステージに登場しても座ったままという状態。
もしかするとライブ中も座ったままかと思っていた時、氷室京介がステージに登場した。
瞬間、周辺の皆がいっせいに立ち上がった。
いや、立ち上がったというよりも、本能反射的に立ち上げさせられたといった表現が適切であろうか。
氷室がステージ中央ポジションへと歩くわずかばかりの瞬間、私を含め会場全体は皆、少なくともこう思っていた。
「卒業は本当なのか?なぜなのか?1週間の間にメディアが配信した数々の話について彼は何を思っているのか」
イントロのギターが鳴り響き、ドラムが激しく弾かれる中、マイクを手にした氷室。
様子を伺うように前のめりになる私たち。
そんな私たちの心境を正確に汲み取っていたのか、氷室は叫ぶ。
「余計なことをゴチャゴチャ考えてんじゃねー!いくぜ!!」
その瞬間、会場はひとつになった。
そうだった。いや、そうなんだ。
なぜ辞めるのか、これからどうするのかなんて、今この瞬間には関係ない。
今日のこのライブを楽しむために私たちは来たのだから。
氷室に会うのは20年前の「SHAKE THE FAKEツアー」以来、20年ぶりだけど、このひと言を聞いたとき、私は彼が好きだったことをはっきりと思い出した。
揺るぎない日本最高のヴォーカリスト!
それから3曲ほど歌い終えた氷室。
「山口で発したことがインターネットでいろんな話に転がっちゃってるし心配もかけていることはわかっている。
その辺のことは最後にちゃんと話すから」とコメントした。
ライブ中の周囲の反応はいろいろだった。
前述の通り、私の周辺にいたオーディエンスは今なおリアルタイムで彼を追いかけている訳ではないため、どうしても最近の楽曲は良くわからない。
そんな時は座って、皆、最近の曲に耳を傾けたりしていた。
でも時折、例えばDEAR ALGERNONであったり、CALLING、WILD AT NIGHT、LOVE&GAMEといった曲が入ると、皆立ち上がって各人のリズムで身体を揺らし、ライブを楽しんでいた。
途中、横浜のどこかで花火が上がりはじめた。
それを、ライブを聴きながら花火が見れてラッキーと思っているような観客と、氷室こそが華なのだから余計なものを見せるなという者に分かれたように思う。
私はどちらかと言えば後者のほうだったが、ステージ上の氷室は当然のごとく花火の光や音には一切触れず、シャウトを続けていた。
でも、花火は曲の邪魔をすることなく、タイミング良く曲の終わりに音を響かせ、決してライブの邪魔にはなることはなかった。
そしてライブは進んでいき、アンコールの最後にVIRGIN Beatが流れ、1度目のアンコールが終わった。
2度目のアンコールを迎える拍手が響く中、彼はバンドメンバーを連れず、一人でステージ上に表われた。
スポットライトに照らされる氷室。
彼の発する言葉をひと言たりとも聞き漏らさないよう、会場はとても静かだった。
そして、彼はゆっくりと話し始めた。
氷室は本当に長く、そしてたくさん言葉を発してくれた。
そのすべてを正確に覚えていたならば、会場に来れなかった人たちのために全て書きたいと思うのだが、録音もメモもしていないため、正確に理解したコメントだけを記載したいと思う。
まず、7年ほど前から右耳があまり聞こえなくなり、左耳に頼りながら歌っていたと話しはじめた氷室。
幸いにも聞き耳が左だから良かったものの、例えばレコーディング時に左右の音のバランスを確認するような作業は、もうできないというニュアンスのことを話していた。
そして「最近では調子の良し悪しがあるものの、左耳でさえもある特定のトーンの音が聞こえないケースが増えてきた。
こういうの英語では○○というんだが、翻訳すると音痴ってことだ(笑)・・・って、みんな笑わねーな、今日は外すな~(笑)」
「もともと良いパフォーマンスができなくなったら辞めようと思っていたし、そういう時期になったんだと思う」と続ける氷室。
今日のライブのリハ中に、雨で濡れていたステージ上で足を踏み外して胸を強打。痛み止めを使用して本番に臨んでいたみたいだが、「そういうこともこれまではなかったし、もう寿命ということなのかもな」とも。
「奥さんにはツアーの初期から話していて知っていたし、バンドメンバーにもツアーの中で今年が最後と伝えていた」と氷室。
「レコード会社には迷惑をかけたかもしれないけど」と言いつつ、「家族とバンドメンバーは皆知っていた」と、氷室ははっきりと言っていた。
こうした話を直接本人から聞いた個人的印象では、もう氷室自身、そして彼を支える近しい周囲の方は、すでに「氷室京介の終了」を受け入れており、突然その話を聞かされた一部の関係者だけがファイナルライブを急遽企画しているような図式であるように思えた。
氷室の言葉からは最後まで「ファイナルツアーとかファイナルライブ」なんて言葉は一切なかったことからも、そう受け止めざるを得なかった。
もし、今年のツアーが終わった後、氷室自身がファイナルライブをやりたいというのであればそれは実現するのかもしれないけれど、2014ツアーの今この瞬間では、氷室自身にはその気持ちはないというように思ったし、会場にいた客は皆、そう思ったに違いない。
そして、そんな彼をみて、辞めないでくれと叫ぶ者はいなかった。
氷室の真っ直ぐなメッセージを聞いて皆、氷室京介が十分走りきったこと、十分すぎる夢を与えてくれたことを正確に理解したからだ。むしろ会場は、ゆっくり休んでほしい、ありがとう、といった感情に包まれていた。
会場は静かだった。
とても静かだった。
また会えると思っていた身近な人が突然この世を去ってしまう・・・まさにそうした感覚を皆が感じていたように思う。
そして、氷室は最後にこう話してくれた。
「氷室京介という存在はファンの皆が作ってくれたものだと思っている。今日と明日で、その氷室京介をお前らの下へ返したいと思う」と。
途端、泣き始めたファンがたくさんいた。
私も涙を抑えるのに必死だった。
挨拶が終わり、ドラマーやギター、ベーシストたちが順番にステージに登場した。彼らへの感謝と賛辞とともに氷室は順番にメンバーをファンたちに紹介した。
そして・・・
「最後に会場の皆がひとつになれる曲を送る・・・JEROUSYを眠らせて」
激しい動揺を胸に、でもイントロが流れ始めると、大歓声とともにリズムに合わせながら一緒に歌い始めるファンたち。
サビに入るメロディ。
それまで涙をこらえてながら歌っていた私たちも、あの切なくも甘いリズミカルな8ビートに涙が堪えきれなくなり、横浜スタジアムは泣きながらの大合唱に包まれた。
ステージサイドの画面に大きく映る氷室京介。
あの多くのファンを魅了した笑顔が、画面いっぱいに広がっていた。
END 2014.7.20
氷室京介をはじめ、親愛なる氷室ファンたち、そして自分自身の10代の思い出に、たくさんのありがとうを添えて。
それから3曲ほど歌い終えた氷室。
「山口で発したことがインターネットでいろんな話に転がっちゃってるし心配もかけていることはわかっている。
その辺のことは最後にちゃんと話すから」とコメントした。
ライブ中の周囲の反応はいろいろだった。
前述の通り、私の周辺にいたオーディエンスは今なおリアルタイムで彼を追いかけている訳ではないため、どうしても最近の楽曲は良くわからない。
そんな時は座って、皆、最近の曲に耳を傾けたりしていた。
でも時折、例えばDEAR ALGERNONであったり、CALLING、WILD AT NIGHT、LOVE&GAMEといった曲が入ると、皆立ち上がって各人のリズムで身体を揺らし、ライブを楽しんでいた。
途中、横浜のどこかで花火が上がりはじめた。
それを、ライブを聴きながら花火が見れてラッキーと思っているような観客と、氷室こそが華なのだから余計なものを見せるなという者に分かれたように思う。
私はどちらかと言えば後者のほうだったが、ステージ上の氷室は当然のごとく花火の光や音には一切触れず、シャウトを続けていた。
でも、花火は曲の邪魔をすることなく、タイミング良く曲の終わりに音を響かせ、決してライブの邪魔にはなることはなかった。
そしてライブは進んでいき、アンコールの最後にVIRGIN Beatが流れ、1度目のアンコールが終わった。
2度目のアンコールを迎える拍手が響く中、彼はバンドメンバーを連れず、一人でステージ上に表われた。
スポットライトに照らされる氷室。
彼の発する言葉をひと言たりとも聞き漏らさないよう、会場はとても静かだった。
そして、彼はゆっくりと話し始めた。
氷室は本当に長く、そしてたくさん言葉を発してくれた。
そのすべてを正確に覚えていたならば、会場に来れなかった人たちのために全て書きたいと思うのだが、録音もメモもしていないため、正確に理解したコメントだけを記載したいと思う。
まず、7年ほど前から右耳があまり聞こえなくなり、左耳に頼りながら歌っていたと話しはじめた氷室。
幸いにも聞き耳が左だから良かったものの、例えばレコーディング時に左右の音のバランスを確認するような作業は、もうできないというニュアンスのことを話していた。
そして「最近では調子の良し悪しがあるものの、左耳でさえもある特定のトーンの音が聞こえないケースが増えてきた。
こういうの英語では○○というんだが、翻訳すると音痴ってことだ(笑)・・・って、みんな笑わねーな、今日は外すな~(笑)」
「もともと良いパフォーマンスができなくなったら辞めようと思っていたし、そういう時期になったんだと思う」と続ける氷室。
今日のライブのリハ中に、雨で濡れていたステージ上で足を踏み外して胸を強打。痛み止めを使用して本番に臨んでいたみたいだが、「そういうこともこれまではなかったし、もう寿命ということなのかもな」とも。
「奥さんにはツアーの初期から話していて知っていたし、バンドメンバーにもツアーの中で今年が最後と伝えていた」と氷室。
「レコード会社には迷惑をかけたかもしれないけど」と言いつつ、「家族とバンドメンバーは皆知っていた」と、氷室ははっきりと言っていた。
こうした話を直接本人から聞いた個人的印象では、もう氷室自身、そして彼を支える近しい周囲の方は、すでに「氷室京介の終了」を受け入れており、突然その話を聞かされた一部の関係者だけがファイナルライブを急遽企画しているような図式であるように思えた。
氷室の言葉からは最後まで「ファイナルツアーとかファイナルライブ」なんて言葉は一切なかったことからも、そう受け止めざるを得なかった。
もし、今年のツアーが終わった後、氷室自身がファイナルライブをやりたいというのであればそれは実現するのかもしれないけれど、2014ツアーの今この瞬間では、氷室自身にはその気持ちはないというように思ったし、会場にいた客は皆、そう思ったに違いない。
そして、そんな彼をみて、辞めないでくれと叫ぶ者はいなかった。
氷室の真っ直ぐなメッセージを聞いて皆、氷室京介が十分走りきったこと、十分すぎる夢を与えてくれたことを正確に理解したからだ。むしろ会場は、ゆっくり休んでほしい、ありがとう、といった感情に包まれていた。
会場は静かだった。
とても静かだった。
また会えると思っていた身近な人が突然この世を去ってしまう・・・まさにそうした感覚を皆が感じていたように思う。
そして、氷室は最後にこう話してくれた。
「氷室京介という存在はファンの皆が作ってくれたものだと思っている。今日と明日で、その氷室京介をお前らの下へ返したいと思う」と。
途端、泣き始めたファンがたくさんいた。
私も涙を抑えるのに必死だった。
挨拶が終わり、ドラマーやギター、ベーシストたちが順番にステージに登場した。彼らへの感謝と賛辞とともに氷室は順番にメンバーをファンたちに紹介した。
そして・・・
「最後に会場の皆がひとつになれる曲を送る・・・JEROUSYを眠らせて」
激しい動揺を胸に、でもイントロが流れ始めると、大歓声とともにリズムに合わせながら一緒に歌い始めるファンたち。
サビに入るメロディ。
それまで涙をこらえてながら歌っていた私たちも、あの切なくも甘いリズミカルな8ビートに涙が堪えきれなくなり、横浜スタジアムは泣きながらの大合唱に包まれた。
ステージサイドの画面に大きく映る氷室京介。
あの多くのファンを魅了した笑顔が、画面いっぱいに広がっていた。
END 2014.7.20
氷室京介をはじめ、親愛なる氷室ファンたち、そして自分自身の10代の思い出に、たくさんのありがとうを添えて。