わかっていても覚悟は難しい
自分のことに対しては、失敗は怖くないんで
難しくないんですが、母親の胆嚢癌の多臓器
転移が確認されたのは昨年10月
胆嚢癌の腫瘍マーカーはDUPAN-2とCEAの
値を見ます。
昨年の左足骨折は昨年の2/3以後
2/18と3/18に足の手術をしました。
長期入院でADL(日常生活動作)も衰え
4/23に退院し、退院当初は杖は使用しましたが
歩行はできてました。
ただ新型コロナの悪影響で当時、通所リハビリの
新規患者受け入れは、どこの施設もできず
漸く、6/17に通所リハビリに通えるようになりましたが
その頃から、尿失禁が始まり、褥瘡(とこずれ)出現
7/1尿路感染症で緊急入院
7/13MRI検査で、この時点ではDUPAN-2値
260(正常値は150以下)
7/21にリハビリの為の病院転院し一時5メートル歩行は
できたものの、8月下旬に「せん妄」が初めて出現
食事摂取量が激減しIVH挿入(中心静脈)新型コロナの
悪影響で面会は完全禁止が続き、最大9/18で退院しないと
いけないと決まっていたので、8/3、8/6と有料老人ホーム
施設を訪問し、一旦、府中の施設の入居に決まりかけて
IVH挿入になると、府中案件の施設はNGで24時間
看護師常駐でIVHや胃瘻可能な施設を探す
母親本人は要介護2
つまり特養は要介護3以上でないと入居不可で仮に
要介護3以上の区分変更をして特養に申し込んだとしても
調布を始め近辺で3年4年待ちがザラでケアマネさんが
担当した患者さんは8年で調布近辺の特養入居できたと聞いて
特養入居は無理と判断
毎月30万円から35万円の支払いが必要ですが
沿線の有料老人ホームに入居させることになりました。
9/18にリハビリ入院してた病院から施設へ母親を移動
ところが運悪く、退院日当日、その病院で新型コロナの
濃厚接触者が1人出現して、母親も抗原検査(結果陰性)
しかし、施設側の方針で1週間は居室内で過ごし部屋からの
移動は不可
9/23と9/28には、環境が変化したので(病院から施設)
せん妄が度々出現
9/23は発熱がでたので救急車呼んでも、発熱なので
どこの病院も新型コロナを疑い、断られる始末
アバウトな記憶ですが、30分経過後くらいに漸く
受け入れ病院が確定し救急搬送
結果は単純な発熱で抗原検査一応行い陰性
そのまま施設に戻りました。
抗原検査2回目も陰性でしたから、施設内の居室からの移動
制限は解除されました。
10/13 某病院でのMRI検査 DUPAN-2値890で初めて
画像上でも胆嚢癌の癌転移が多臓器へ認められました
私は長年ブログを趣味の範囲で執筆してますので
ある記事がフリーライターの方の目にとまり
10/26に母親と一緒に取材を受け、11/27に某雑誌が
全国発売され、私的には母親との思い出だけで良いので
雑誌に掲載されたことを感謝、特にフリーライターの
方に感謝しています。
11/3にせん妄、11/7~11/9かけても、せん妄が出現
食事摂取できず、メイバランスと点滴で栄養補給
主治医(往診医)から、胃瘻(いろう)を提案して、やむなく
承諾し、準備に入りました
(準備期間は2週間くらいでまず、胃瘻ができる体か判定要する)
ところが11/9の午後、往診医の精神科の女性医師が母親本人の
せん妄の原因を突き止め(今までできてた自由行動ができない不満など)
一気に、せん妄が治りました。
そしてESBL菌なるものが母親の尿から検出され、胃瘻は中止
ESBL菌自体の検出は良いことではありませんが
胃瘻が中止になったのは今思えば良かったと思います。
そして食事量も回復しました。
以後、12/30までは普通に過ごし、大晦日の夜に、せん妄出現
しかし、すぐ回復
1/22に、せん妄出現、独妄(独り言を言う)
しかし回復
1/26に某病院でMRI検査
そして昨日、芳しくないことを多分、医師から言われるなと思いつつも
予想的中
DUPAN-2の値が1600前回の10月検査時の値より約倍
CEAも22.5(正常値5.8以下)
今後は積極的治療は
(積極的治療とは手術とか放射線、抗がん剤など)
できないので、緩和ケアのできる病院を探してくださいとの
仰せでした。
昨日、施設のケアマネさんとも相談して往診医の所属する
病院で緩和ケア対応可能とのことで、これで最期・・
看取りまでかなと痛感しました。
ただ、昨日現在・・
胆嚢の癌から来る痛みは出現していないので
肺にも腫瘍がありますが、もはや検査はしないで自然体に
任せたいと考えています。
あと母親に残されている時間は・・
どれくらいかな??
亡き親父も胆嚢癌で逝去しましたが失敗談があり
余命半年と言われ、延命治療で抗がん剤(ジェムザール剤)
点滴投与しましたが親父の場合は効果なく
逆に正常な細胞まで破壊された原因か否かは不明ですが
2012年5月18日に余命宣告半年が、結果7月14日逝去
2ヶ月ももたなかったので、抗がん剤はやらずに
残りの時間を人間らしく過ごさせてあげればよかったと
当時、後悔の念でいっぱいでした。
母親の場合は、親父の逝去後9年が経過し、体重も43.25キロまで
激減しました。
ただ、延命治療は行わず寂しい話しですが、自然体に任せるつもりです。
ただ人間、痛いのは嫌なので
緩和ケアを行うしかないんですけどね。
わかってはいますが、覚悟・・
この母親の命に関する覚悟は難しいです。
しかし現実は現実
現実を受け止め行動をするしかないですね。