昨日は午後2時台に予約外で拠点病院へ来院して栄養剤点滴をし
医師の薦めでは入院しますか?と言われたのですが親父のその時
の体調は少しは良かったみたいで親父自身の希望として帰宅を選択
しました。
帰宅後も熱は下がらず38℃台前半・・
また調子が悪そうなので迷わず救急車を呼んで再び午後6時台に
拠点病院へ今度は救急搬送。
6/7 6/21に続き又も3回目の転院後3回目の救急搬送・・
おかげで同じ救急隊の方が3回も続くと顔見知りになりました。
単純CT レントゲン 採血 心電図検査・・
入院は決まってはいたんだけれど部屋が開かず5時間待って午後11時
に取り敢えず病室へ親父を搬送した後、夜勤の看護師と打ち合わせて
帰宅。
私は慣れているけど母親のストレスがまずピークかな?と感じる。
※容態変化した時の心構え
今に至っては容態急変も覚悟しなければいけないので、人工呼吸器
装着時の話しも出ています。
人工呼吸器を装着しても目的は「延命」のみ・・
ここで私が人の命「親父の命」に関わる重要なことを判断ではなく決定を
する場面がもうそう遠くはない将来にやってくると予測しています。
思えば昨年、9月12日に胆嚢(胆石)摘出手術(開腹)をして、その後
胆嚢の細胞診結果で癌が発見されて①外科手術 ②化学療法 ③何も治療はしない
の三択で当時の主治医から選択を求められて・・
■当時の親父本人の判断は、
①自分は高齢だから癌細胞進行が遅いはず ②胆嚢(胆石)摘出手術をしたばかり
体力が衰えてた最中で外科手術をする勇気がない ③癌摘出(肝臓1/3)をしても
摘出前に他臓器癌細胞転移が認められたら開腹はするが何もせず閉じる
④胆嚢癌の場合は早期発見は難しく発見された場合はある程度癌の進行が認められ
外科手術で取り除いても再発する可能性が高い癌と聞かされる。
■ここで私の後悔
細胞診結果は親父と母親が当時の主治医から聞いたのですが私は同席していなかった
また化学療法の可能性を自分(私)の思い込みで信用していた。
■上記に記した内容により親父本人は医師の提案②の化学療法選択
TS-1を服薬はじめたというのが経緯。
セカンドオピニオンで2月に東京築地の国立ガンセンターにて・・
癌には原発性の癌と転移性の癌があり、病名は肝臓癌でも親父の場合は
胆嚢からの転移の為、転移性肝臓癌であり期待していた治療方法である
ラジオ波やエタノール注入は原発性癌にのみ(それもステージが浅いことなど)
有効であることを知り得る。
また時間治療も原発性の肝臓癌治療であり転移性の癌の厄介さを重い知る。
2月の時点ではステージⅣ(末期)
造影剤でも単純CTにおいて画像を見ても肝臓の大部分は癌の黒い影
その他、副腎などに転移・・
さすがに4/27(金)横浜の病院は通うに遠いのと主治医が異動でいなくなるため
自宅近隣の拠点病院へ転院。
5月中旬までは散歩もアルバイト(単発的)に前の親父職場に顔だして自分の道具の
整理をしていたがジェムザール剤投与と治療方針を変えてからは体力が著しく衰退へ
最近は1キロ歩くに4回どこかに腰掛けて休む在り様。
6月から痛み止めオキシコンチン錠服用しているので(これ癌の痛み止めの麻薬)
今後も体力は衰えるいっぽうだと思います。
これで文章を記した上で頭の中と心の中の整理ができました。
いつ来るか?わからないけど・・
まあ遠くない近い将来に私が人(親父)の命に対して決断する場面が来るのか?
覚悟します。
それは最期看取る場合ですので、タイミングによっては看取れない時に
私の判断待つことなく逝ってしまう場合も予測できますけどね~
今日も長々の文章で失礼しました。
ちょいと自分の仕事探しは休止して親父の介護(元々それが原因で前の会社退職)
と母親のケアに自分の力100%・・
後悔少ないよう努力したいと思います。
まだ多分、明日明後日何か起こるということではないと思うので・・
自分の健康にも気よつけてウォーキングなどして・・
ある意味、死は自然でもありますから冷静に見つめたいとも思っております。
医師の薦めでは入院しますか?と言われたのですが親父のその時
の体調は少しは良かったみたいで親父自身の希望として帰宅を選択
しました。
帰宅後も熱は下がらず38℃台前半・・
また調子が悪そうなので迷わず救急車を呼んで再び午後6時台に
拠点病院へ今度は救急搬送。
6/7 6/21に続き又も3回目の転院後3回目の救急搬送・・
おかげで同じ救急隊の方が3回も続くと顔見知りになりました。
単純CT レントゲン 採血 心電図検査・・
入院は決まってはいたんだけれど部屋が開かず5時間待って午後11時
に取り敢えず病室へ親父を搬送した後、夜勤の看護師と打ち合わせて
帰宅。
私は慣れているけど母親のストレスがまずピークかな?と感じる。
※容態変化した時の心構え
今に至っては容態急変も覚悟しなければいけないので、人工呼吸器
装着時の話しも出ています。
人工呼吸器を装着しても目的は「延命」のみ・・
ここで私が人の命「親父の命」に関わる重要なことを判断ではなく決定を
する場面がもうそう遠くはない将来にやってくると予測しています。
思えば昨年、9月12日に胆嚢(胆石)摘出手術(開腹)をして、その後
胆嚢の細胞診結果で癌が発見されて①外科手術 ②化学療法 ③何も治療はしない
の三択で当時の主治医から選択を求められて・・
■当時の親父本人の判断は、
①自分は高齢だから癌細胞進行が遅いはず ②胆嚢(胆石)摘出手術をしたばかり
体力が衰えてた最中で外科手術をする勇気がない ③癌摘出(肝臓1/3)をしても
摘出前に他臓器癌細胞転移が認められたら開腹はするが何もせず閉じる
④胆嚢癌の場合は早期発見は難しく発見された場合はある程度癌の進行が認められ
外科手術で取り除いても再発する可能性が高い癌と聞かされる。
■ここで私の後悔
細胞診結果は親父と母親が当時の主治医から聞いたのですが私は同席していなかった
また化学療法の可能性を自分(私)の思い込みで信用していた。
■上記に記した内容により親父本人は医師の提案②の化学療法選択
TS-1を服薬はじめたというのが経緯。
セカンドオピニオンで2月に東京築地の国立ガンセンターにて・・
癌には原発性の癌と転移性の癌があり、病名は肝臓癌でも親父の場合は
胆嚢からの転移の為、転移性肝臓癌であり期待していた治療方法である
ラジオ波やエタノール注入は原発性癌にのみ(それもステージが浅いことなど)
有効であることを知り得る。
また時間治療も原発性の肝臓癌治療であり転移性の癌の厄介さを重い知る。
2月の時点ではステージⅣ(末期)
造影剤でも単純CTにおいて画像を見ても肝臓の大部分は癌の黒い影
その他、副腎などに転移・・
さすがに4/27(金)横浜の病院は通うに遠いのと主治医が異動でいなくなるため
自宅近隣の拠点病院へ転院。
5月中旬までは散歩もアルバイト(単発的)に前の親父職場に顔だして自分の道具の
整理をしていたがジェムザール剤投与と治療方針を変えてからは体力が著しく衰退へ
最近は1キロ歩くに4回どこかに腰掛けて休む在り様。
6月から痛み止めオキシコンチン錠服用しているので(これ癌の痛み止めの麻薬)
今後も体力は衰えるいっぽうだと思います。
これで文章を記した上で頭の中と心の中の整理ができました。
いつ来るか?わからないけど・・
まあ遠くない近い将来に私が人(親父)の命に対して決断する場面が来るのか?
覚悟します。
それは最期看取る場合ですので、タイミングによっては看取れない時に
私の判断待つことなく逝ってしまう場合も予測できますけどね~
今日も長々の文章で失礼しました。
ちょいと自分の仕事探しは休止して親父の介護(元々それが原因で前の会社退職)
と母親のケアに自分の力100%・・
後悔少ないよう努力したいと思います。
まだ多分、明日明後日何か起こるということではないと思うので・・
自分の健康にも気よつけてウォーキングなどして・・
ある意味、死は自然でもありますから冷静に見つめたいとも思っております。

