ニコ学校にも企業にも所属したことがない外国人にとって自分に合ったボランティア先を見つけることは将来への重要な足がかりになると思いますニコ

※これは渡米1年〜1年半(こどもが0〜1歳)、英語での会話やメールに不慣れな時期のことです。

病院ボランティアは無料の英語学校① はこちら
アメリカでPT(理学療法)免許を取るまで はこちら
 

アメリカのボランティアは、真の慈善活動という意味でも、

学生の社会見学やインターンシップ的な役割としても、

ごくごく一般的なものだと思います。

しかしその土地に何の縁もゆかりもない人間、

学校等に一切所属したことがない外国人にとっては、
無料奉仕への参加ですらハードルを感じます。

今回はボランティア採用の面接前までがどのような流れだったか、

以下の項目ごとに書きたいと思います。


①レジュメ作成

②地元民に相談する

③ボランティアディレクターに問い合わせる

④レファレンスの確保

⑤面談日の電話連絡を受ける

 

①レジュメ作成

作成は夫から進められました。必ず作るべきだとは言いませんが、

もしその分野での就業を少しでも考えているのであれば簡単なもので良いので

この機会に作っておくといいと思います。
「アメリカ、就活、レジュメ」のように日本語検索でもアメリカ式フォーマットは探せるでしょう。

自分は今(その活動を通して)何をしたい。

過去に自分は何をしてきた。

それを相手に伝わるように表現する最初の一歩です。

就職まで内容を変化させつつも基本はその繰り返しです。

また自分のやりたいこと、自分の専門分野って英語でどう表現するんだろう??

という点でも練習になります。
書くことで「話す」準備になります。

モチベーションを持って書くコツは予め知人・友人にチェックしてもらう約束をしておくことです。

当時私にはアメリカ人の友人がいなかったので、

日本語が話せる夫の親友にメールで送りskypeで添削してもらいました。
知人に相談する際、レジュメ作成で頭が整理されていたことが役に立ちましたし、

ボランティアの応募書類にも同封しました。
会話能力の低さを補うための努力は、しておいて損はないと思います。

 

②地元民に相談する

私は合計2人の地元アメリカ人に相談しています。

一人目は日本人の知人に紹介してもらったベテランのPT(理学療法士)さん。

もう一人は教会の英語クラスでアシスタントをしていたママさんです。
まず相談のアポイントを取るためにメールのやり取りをしますが、
日本語ではさらさら出てくる敬語が英語ではすぐに出てこないので、

ちょっと約束を取り付けるのにもいちいち敬語表現を調べて書きました。
実際にお会いした時は、
自分は今何をしたい。過去に自分は何をしてきた。
を相手の反応を見ながら説明します。
面接ではないのに私の気持ちとしては既に面接です滝汗

 

一人目はアメリカ人といえど同業者。

気負う部分と気易い部分の両方がありました。

ただ「外国人が自国の免許を正式に書き換えて医療行為をする」
というプロセスを、移民が非常に少ない地域で理解してもらうことは、

簡単ではありませんでしたショック!
※逆にニューヨークに来てからは拍子抜けするくらい話が通じます。驚くべき地域差です。
そのプロセスをスマートに説明できない私
ぐすん
少なくとも普通のアメリカ人とは違う、ちょっと面倒そうな背景の私を

現場がわざわざ好んで雇うわけないよね…

と実際話してみて、現実をよくよく感じたのです。

 

二人目の方は私の英会話レベルを知っているという意味で、

非常に親身になって考えてくれました。

病院ボランティアは無料の英語学校①で書いたように、当時の私は

エイドという無資格の人でもできる有給ポジションを考えていました。

でも彼女と話し合う中で、その時の最大の目標は

現場の英会話に慣れることで
お金を稼ぐことではないことが明確になっていきました。

 

アメリカ社会での経験があまりにもない私にとっては

応募前に相談を通して己を客観視できたのは良い機会でした。

 

③ボランティアディレクターに問い合わせる

テネシー時代は薦められた2つの病院に問い合わせて、

1つの病院に実際に応募しました。

webサイトから直接アプリケーション(応募書類)を出せる所もありますが、

アプリケーションを入力していて困ったのが

SSN(ソーシャルセキュリティナンバー)、

所属欄(高校生や大学生が所属を書く)、

レファレンス(推薦者)の詳細です。
情報が足りないとオンラインでsubmit(提出)できません。

プリントアウトして投函するにせよ、不明事項について明確にした上で

応募しないと受け付けてもらえないかもしれません。
入力欄に疑問や不明な点がある場合は、電話で問い合わせた方が早いと思います。
私はその時SSNの申請中で、それでもオンラインで応募することが可能か、

その項目はどう入力したらよいかを尋ねて、無事教えてもらいました。

もしそこで英語が流暢ではないが故に相手の対応が冷たかったら、

その病院は向かないかもしれないので、その一箇所にこだわらずに

別の場所に当たるのも手かと思います。

ディレクターはボランティアの配置先である現場にも当然配慮をしますし、

コミュニケーションが完全でない自分をどう扱うのかは割と重要です。

私は知人がそのディレクターに話を通しておいてくれたという

大きな援護もあり、その後も折々良くしてもらいましたニコ

 

④レファレンスの確保
応募の時点でレファレンス(推薦者)の詳細な情報が必要です。
推薦者は、応募者がそこで働くのに信用に足る人かどうかを保証してくれる人です。
家族は基本該当しません。

友人でも頼めると思いますが、実質的な付き合いがあり、

その友人が会社等に所属して立場がしっかりしている場合なら

全く問題ないかなと思います。(就職ではその限りではありません。)

推薦者の電話番号、住所、所属等をアプリケーションに書く必要があります。

推薦者には直接の電話インタビューがあるか、

または応募者を評価するフォームに推薦者が記入し投函(メール添付)する場合があります。

私は仕事探し&レジュメ添削の相談相手の御夫妻がレファレンスになってくれました。

この時点で直接の知り合いは「妻」の方のみで、

病院職員である旦那さんには会ったことがなかったのですが、

レファレンスとして職員が絡むと信頼が得られやすく話が進むなという印象を受けました。

少なくとも同業種(私の場合はアメリカ人PT)、

または働きたい場所の職員からレファレンスを見つけることをお勧めしますキョロキョロ

⑤面談日の連絡を受ける

オンライン応募に加えて必要なレファレンス情報等の書類も提出し、

1ヶ月ほど経った頃に電話が来ました。

面接がスケジュールされるまでに時間がかかった理由は、
高校生・大学生が大挙して
ボランティアを開始する時期で
審査が混み合っていたからでした。

特にコミュニケーションに難がある場合、スタッフが応募者の対応に忙しくなる
夏休みシーズン前は避けたほうがベターかなと思います。

 

続いて、ボランティア採用面接時(英検2級受験以来の英語面接!)

の様子を書きたいと思います。まさか面接で

「リハビリテーション以外の部門に配属されてもちゃんと仕事できる?」
と聞かれるなんて想像もしていませんでしたアセアセ



テネシーで春先に咲くハナミズキは、日本の桜のようで大好きでした。

今回もお読み下さってありがとうございました。

 

病院ボランティアは無料の英語学校③に続く

ニコ「あなたの経歴なら安い賃金で働くのではなく、きちんとした所でボランティアで学ぶのが良いでしょう」と言って背中を押して下さったCさんには今でもとても感謝をしていますニコ

※これは渡米1年〜1年半(こどもが0〜1歳)、英語での会話やメールに不慣れな時期のことです。

家庭や学校のみの生活から初めてアメリカ社会にチャレンジしよう!という方には参考になるかなと思います。


アメリカに来てからの「これまで」はこちら
何回かに分けて病院でボランティア勤務をすることになった経緯とその意義をお話しようと思います。

私にとっての病院ボランティアは、

最初の2年は紛れもなく臨床英語のトレーニングが目的でした。

英語に慣れてきた今は就活の要素がメインです。

 

私は渡米までごく普通の日本人として英語に触れてきました。

学科としての英語は中高時代は得意でした。
特に英語に集中して勉強した記憶はありませんが、
中3で準2級、高1で難なく2級は取れました。

高校時代に某有名留学機関から留学を狙ったこともありましたが、

あまり勉強もしなかったので、少ない英語圏のポジションは取れませんでした。

当時から目指していた理学療法士になるためには、
大学受験で、苦手な数学や理科で失点を大きくする訳にはいかなかったので、

高3をピークに英語に割く時間は大幅に減っていきました。

結局一浪して国立大学の理学療法学科に入ります。


私の専門分野、理学療法は西洋医学に属する分野だと思います。

大学や大学院レベル、または日常の臨床業務で英文献を読むことは

多くの医療系分野の人達が普通に行っていることで、

私の英語読解能力は周囲とそう変わらなかったと思います。

むしろ年下のスタッフは私達世代よりも英文献に馴染んでいるように感じました。

ただ、臨床業務で外国人患者に対応することは比較的得意でした。

学生時代は毎年、就職後もできるだけバックパッカーで海外旅行をしていました。

そうすることで、高校3年生までで得た英語能力を長らく維持できたのだと思います。
高3までに日本で学ぶ英語の「基礎力」というのは非常に大事だと思います!

 

ところが渡米すると、東京で外国人患者に対応していた時とは勝手が違いました。

東京で働いていた頃は、相手(外国人)は日本というアウェイで、
しかも何かしらの身体的トラブルで入院中という状況で私の英語を聞くのです。

当然、一語一語を必死で拾ってくれます。

ところがアメリカでは、私が「アウェイにいる外国人」として
ホームの人達(アメリカ人)相手に話さなければいけません。
当然相手のペースです。

一切の容赦がありませんアセアセ

医療の現場で長らく働き、TOEICとも無縁の世界にいて、

時々使う英語は相手の必死さも手伝って通じるし、
よもや自分がこんなに話せないとは想像もしていませんでしたえーん
なんて幸せな奴だったんだろうネ…


渡米後すぐに出産をしたので、しばらくは検診やママ友作りなど

生活や子育てを中心としたことに対応するのが私の日課でした。

渡米後2年間居住したエリアは日本人はもとより外国人が著しく少ない地域で、

参加したママ友グループも98%白人の世界(有色人種は私を含む2組のみ)。

思ったように通じない英語で挫折感を味わい、

自分を過小評価せずに過ごすのが難しい毎日でした。

 

 

長い前置きになりましたが、こういった英語への挫折感から、
アメリカでPTとして働くのに大事なのは現場の単語と会話に慣れることだ!

元々渡米時から働く気はありましたが、
「どんなに給料が安くても良いからとにかく仕事だ!!」
という思考に固まっていきました。

ちなみに夫から語学学校は強く反対されていました。

これについては当時色々思う所はありましたが、
振り返ってみると、本当に必要な英語に触れる良いルートを
通らせてもらったと思います。


2015年1月(渡米から1年)、こどもをフルタイムの保育園に入れました。

その時労働許可証(当時J2ビザ)を申請して2ヶ月。
働く場所を探すために、計2人に相談に乗ってもらいます。

最初は日本人の知人のご近所さんのベテランPTの方。
「アメリカでもPT免許を取るつもりだ」

「日本の免許から移行するにはかなり時間がかかる」

だから、臨床に触れ続けるためにも
「PTの補助的な役割の仕事がしたい」
ということを当時まだ大したレベルでなかった英語で必死に語りました。

質疑応答を経た末、病院ではPTの補助的な仕事をするエイドというものがあるが、

今の自分のクリニックでは空きがないということで、

(そういう理由で避けられただけかもしれないけど)

付き合いのある病院のボランティア部門の代表者の連絡先を教えてもらいました。

前日に完璧にしておいた履歴書を見せる機会はありませんでしたぐすん


翌日勇んでボランティア登録のために病院webを見ると、

ソーシャルセキュリティナンバー(SSN)が必要だと分かります。

電話で『本当に無いとダメですか?』と問い合わせたもののやはりダメでした。

アメリカの雇用ではSSNを用いたバックグラウンドチェックが必須なのです。
SSNとは日本で言うマイナンバーで、アメリカでは出産証明を取るのとほぼ同時に取得できます。
外国人でも就業ビザを取得した人には発行されます。

就業ビザ保持者の家族(→私)は労働許可証を交付された後にSSNを申請できます。
という訳でボランティア登録するにもまず申請中の労働許可証の交付を待つことになりました。
 

下の写真はその頃訪れた医療系のJob Fairです。

渡米後わずか1年の頃に、本当にアグレッシブによく出かけたなと思います。

直接病院に電話したり、Job Fairで採用担当者に話しかけたり…
スマートな会話ができず、ぎこちない時間が流れてもれなく毎回凹むのですが
そういうことの積み重ねで今があると思いますショボーン

 


 


さてボランティア勤務ですら、すんなりと話は進みませんでした。

労働許可証を待っている冬の間、教会主催の無料の英語クラスに参加しました。

そのクラスの講師が、初夏に別の教会で新たなクラスを立ち上げると言います。

結果として労働許可証の発行は予定よりも大幅に遅れ、身動きが取れなかったため

その短期の英語クラスに参加しました。

そこで出会ったサポート役の講師と仲良くなりましたニコ
一日でも早く労働許可証を…と焦る頃だったので、その方にある日履歴書を見てもらいました。

添削してもらうだけのつもりでした。
以前相談した方にはボランティアを勧められたものの、この時も

「アメリカでもPT免許を取るつもりだ」

「日本の免許から移行するにはかなり時間がかかる」

だから、臨床に触れ続けるためにも
「PTの補助的な役割の仕事がしたい」

という同じロジックで話を進めました。

以前よりも説明は流暢になっていたと思います。

 

履歴書に目を通したCさんは言いました。
You are overqualified for an aid position.
私には修士の学位、10年半の業務経験と、海外・国内での学会発表歴がありました。
補助的な役割に余る経歴だということでした。
それまで小学生のような内容の英語しか口に出せなかった私ですが、

履歴書は(当然なんですが)そうではないことを表していたのです。


Cさんは大学病院勤務をしている身内が居たので、すぐに、本当に目の前で
身内に電話をかけてくれて、これこれこういう子がいるんだけど…
と、その病院のボランティアディレクターへの取次をお願いしてくれました。

またまたその場で、ボランティアディレクターにも電話をしてくれました。

あっという間のできごとでした。

 

アメリカの病院のボランティア登録には必ず「推薦者」が複数必要で、

Cさん夫妻がその推薦者になってくれました。

全ての書類を揃えて郵送し、ボランティアディレクターから面接の電話をもらった時、

テネシーの田舎町はもう夏になっていました。

 

病院ボランティアは無料の英語学校②につづく
 

ニコこれまでニコ
 

2014年1月  

 

日本で約10年PT(理学療法士)として働いたのち渡米し、2ヶ月後に出産。

 

2015年1月  

 

こどもが10ヶ月で保育園に通い始めた頃から、アメリカのPT免許を取得するための準備を始めました。
日本のPT免許をアメリカ免許に移行するのには、過去に取得した単位の審査に先立ちTOEFLで一定スコア(総合89点、speaking26点)を取得することが必要だったので、まずはTOEFL受験のための英語の勉強を始めました。


2015年7月(渡米から1年半)

 

地元の大学病院の外来整形外科クリニックで週1日のボランティア勤務を開始。応募書類の提出、面接、検診を経て、写真は懐かしい新入職員オリエンテーションのものです。グループワークの時間もあり、気持ちを臨床モードに切り替えるのに役立ちました。



 

また半年かけて勉強してきた初TOEFLに惨敗。この頃英語のスキルアップにToastmastersというスピーチサークルに入りました。


2015年11月

 

整形部門のPTに勧められ、同大学病院のバランスセンター(前庭機能障害のリハビリテーション)でも週1で勤務を開始しました。英会話にも徐々に慣れ、TOEFLスコアも伸びたものの、必要スコアには程遠い状況でした。

 

2015年12月

 

来夏からの夫の勤務地がニューヨークに決まりました。当時住んでいたテネシー州ではTOEFLスコアが必須でしたが、ニューヨークでは必要ないことが分かり急遽、ニューヨーク州の審査(education credentialing)の手続きを進めました。

 

2016年9月

 

ニューヨーク州からPT国家試験の受験許可が出ました。日本のPT課程は米国のものに大幅に科目が足りないので、免許移行には追加の科目履修が避けられないと覚悟をしていましたが、結局「日本のPT学士」+「日本のPT修士」の単位でニューヨーク州からの受験が可能でした。

 

2016年11月

 

ニューヨークでもボランティア勤務できる病院を見つけ、整形外来での週1勤務を再開しました。2017年1月にもう1箇所追加。こちらは救急病院のリハ病棟です。

 

2017年4月 (渡米から3年半)

 

丸7ヶ月間の勉強の末、ど緊張のNPTE(PT国家試験)受験。涙なみだの合格でした(T_T)

夫の勤務先がスポンサーになりグリーンカードを申請済みでした。私のビザステータスではグリーンカードのプロセスがある所まで進むと、労働許可証(EAD)を得ることができるので、合格後はボランティア勤務を続けながら労働許可証を待つことになりました。

 

2017年9月

 

夫の大学では家族が無料で授業が受けられるという特典があり、1セメスターだけ日本で履修したことのある統計学を受講しました(^o^) アメリカの大学というものを体験できた貴重な機会でしたが、それ以上に大学のwriting center(作文指導を無料で受けられる)でtransitional DPTに出願するための書類作成を助けてもらえたことが有意義でした。この秋からアメリカの現職者講習会にちょこちょこと参加し始めました。

 

2018年1月

 

transitional DPT courseに入学。このプログラムは既卒(基本的に米国の)免許持ちのPTが、PTのDoctoral Degreeを取得するためのものです。私は日本ではPT経験者でも米国での就業歴がなく、出願できる学校はかなり限られましたが、心肺系の選択科目がある、最も希望していた学校に入ることができました。

2018年6月現在 (渡米から4年半)

 

今頃就活の様子を書いている頃だったはずですが…

労働許可証が未だに出ずもどかしい思いは募ります。一方でtransitional DPTのわずか1科目の課題に1週間費やされる状況で、今就職したらどちらも中途半端になるのが必至です。渡米から4年半、早く臨床復帰をと焦る気持ちばかりだったのが、ここに来てようやく落ち着きました。今後このブログは日本のPTがアメリカで就活〜就業に奮闘する様子を記録できたらと思います。

 

なお、私は34歳での渡米まで海外生活には縁のなかった100%日本製のPTですニコ
現職者講習会やDPTプログラムを通して、日本製100%度合いが減っていくんだなあと思っています。

ご質問がある方は遠慮なくメッセージをください。
読んで下さってありがとうございました。

病院ボランティアは無料の英語学校① につづく
 


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