ママのうつ病、家族の奮闘記~かーちゃん、うつ病と闘う -56ページ目

ママのうつ病、家族の奮闘記~かーちゃん、うつ病と闘う

第2子出産半年後にうつ病の診断を受けてからはや15年。病と共存しながら健康体を取り戻すべく、試行錯誤で暮らしてきました。
今では通院も服薬もありません。
そんな私の経験が少しでも参考になれば……。

 さあ、1年以上経過しての更新となってしまいましたが、かーちゃんの復職劇場、まだまだ続きます爆  笑爆  笑

 

 地元官公庁で臨時職員として事務作業をこなし、着々とリハビリ生活を送っていたかーちゃん。

「専業主婦は嫌だし経済的にもできないけど、年間103万円以内で働けて、こんな軽作業で良くて、もう一生臨時の渡り鳥しててもいいな♪」なんて気楽に考えていました。

 

ちなみに「臨時の渡り鳥」というものをご説明すると、臨時職員の契約更新が3年までなので、その後はどこか別の官公庁に就職先を探さなければなりません。間1年あければ、また同じ組織で採用が可能です。

そこで地元の臨時常連が使う手段として、

 

3年間 県庁または県警で勤務(出先機関含む)

  ↓

最低1年間 市役所・または国の出先機関で勤務

  ↓

再び県庁または県警で勤務

 

 

こんな感じで、官公庁は官公庁でも、管轄組織をうまく変えながら、「臨時職員」として勤務し続けるのです。

臨時職員や人事担当の正職員さんともつながりができるので、あきが出れば、声もかけてもらえます。

とはいえ、3年ないし1、2年経過するたびに就職活動をしなければならないので、その点だけがネックですが・・・。

 

この働き方、「一生年収103万円以内でいい」という女性にはピッタリです。

 

事実、当時うつ病ひきこもり状態からやっと社会に出て「働く」ということができたかーちゃんも、そう思っていました。

「こ~んな楽な働き方ない!私もうずっとこれでいいやラブラブ」と。

 

 

ところが、そんなかーちゃんに待ったをかけた女性がいました!!@@

 

同じ臨時職員で一回りほど年上の方で、長年あちこちの臨時職員として渡り鳥されてきた方でした。

あるとき彼女が言ったのが、

 

「『かーちゃん』、臨時って、3年ごとに就職活動で焦らなきゃいけないけど、必ず定時で帰れて、仕事の責任もボリュームもなくて、子供が小さいうちは私もこんなに主婦にとって良い仕事はないと思ってた。でもね、子供が大きくなって、頑張りを見せたときに、経済的に応援してあげられなくなるよ。40歳超えたら、何のスペシャリストでもなく、資格も持たない臨時レベルの事務員なんて、正社員への道はまずないから。」

 

ということでした。

 

聞けば、彼女の高校生の息子さんが、頑張って勉強して、模試で某有名国立大学の上位判定を出せるまでになったのだとか。

遠い地方から遊学させるには、かなりのお金がかかります。

「あの子が口にしていた希望が、現実味を帯びてきた。子供が頑張って結果を出そうとしているときに、私は自分の年収を増やして力になってやれない」と言うのです。

「あちこち正社員の採用探してるけれど、どれも年齢で引っかかってしまって・・・」とも。

 

 

ごく当たり前のことなのですが、当時のかーちゃんには、彼女の言葉が胸に突き刺さりました。

うつ病から社会復帰して、パートとはいえ仕事ができたことだけで喜んでいたかーちゃん。

もちろん、当時はそれだけで十分としなければならなかったわけですが、その後も彼女の言葉はずっと頭の片隅にありました。

 

「私、このまま臨時の渡り鳥でいいのだろうか・・・」と。

 

さあ、こんな感じで、かーちゃん、次なる段階へと上がり始めます。

上がるきっかけは、実は予想もしなかったことでした。

臨時職員を始めて2年が経過した頃のことです。

そのお話は、また次回にあひるあひる

 

 ~オマケ~

先日、馬刺しを大量に頂いたので、これまた頂いた今年のボジョレー・ヌーボーと共にラブラブ

いやー、たまりませんなじゅる・・じゅる・・

 

 

 

【復職への道~①とにかく働きたい】

【復職への道~②短時間のパートでも異業種はアウト】

【復職への道~③不純な動機?で短期肉体労働のバイトをしてみる】

【復職への道~④臨時職員でリハビリ勤務(1)】