私は○○小学校の6年生です。

一年半前、やってないことを私のせいにされました。

友達二人に画鋲がしかけられており、それを私のせいにして先生達が無理矢理解決したことにしました。

授業中に校長と教頭がやってきて二人で両脇を抱え、強制的に連れ出されて密室で監禁、脅迫、自白の強要をされました。

初めは「やってません」とずっと言ってたけど最後は言えなくなりました。

「早くやったと言わなかったらずっとここから出られないよ」と言いました。

それを体罰に関するアンケートにも書きました。でも何にもなりませんでした。

が、つい最近私が画鋲を友達にやってないことがわかり先生は謝ってくれました。

私が犯人ではないことを学年集会でみんなに言うと約束だったのに二週間も放置されたので3月18日にいつ言うのか聞くと、担任は「言う気がない」と言い、

当事者の中に言いたくない人がいるからその人の気持ちを尊重しないといけないと言いだし、意味不明になりました。

いつも先生が言う、人の気持ちを尊重するとかはまず先生たち自分がするべきだと思ったし、私の意見はどうなるのかということを聞きたくなりました。

一方的に話を進めこっちから聞くまで途中経過も説明してくれなかったのも理不尽だと思ったし納得できません。

5年の時はいじめを「4月になったらクラスがかわる」と我慢させられ、

一月にけがをさせられた時「もう卒業するから中学校のことを考えよう」と言われました。

相手の人にも謝ってもらってません。

一学期に上履きを切られていたことを先生に報告した時、

「自分でやったんじゃない?」 「やぶれたんじゃない?」と言われてびっくりしました。

そして、父親が話に行ったけど、そんなことはないと言われ「もしやったとしたら女子だ」「もう犯人探しはしない」と言われたらしいです。

先生達は、私がやられたことは信じてくれませんでした。

毎日嫌がらせをされて、先生に言っても助けてくれないので自分で反撃、防衛、逃走をすると、

私のことを変人扱いして、「被害妄想が酷い」と言いました。

先生は「いけないことをしたら謝れ」と言い、私はやってないことも謝ることを強要されたのに、

先生はほったらかしにしたことを謝ってくれなかったし間違いを正してくれませんでした。

今までも何回も裏切られてきました。

最後にやっとわかってくれたと思って信じて待ってたのにまた裏切られてとてもがっかりしました。

私はクラスの人たちに私がやってないことをきちんと知ってほしいと思って一年六カ月も頑張ったけど、

学校は責任の所在をあいまいにし私がいなくなるのを待っているように思えます。

広島の万引き推薦事件のようにならないと私がやってないということは証明されないのかと思いました。 

私は23日に卒業します。

こんな気持ちのまま卒業したくないです。

私はどうすればいいのか誰かわかるように説明してほしいです。



ぼくは画鋲事件というものに出くわしました。

友達二人に画鋲が仕掛けられており、それをぼくのせいということにして、先生達が無理やりそれで解決ということにしたのだったのだが、

それについて、つい最近話が決着付きそうになり、犯人ではないということをみんなに言うという約束だったのに、学年集会のガの字も出ず、

いついうのかと聞くと、言う気がないと言い、当事者の中に言いたくない人がいるということでその人の気持ちを尊重すべきだ等と言いだし、

担任だけが勝手にそんなことを言いだして、意味不明になりました。

先生達がいつも言ってるのは、人の意見を尊重するとかそのようなことは、まず、自分がやるべきだと思ったし、なら、ぼくの意見はどうなるのかということを聞きたくなりました。

しかし、一方的に話を進められ、途中経過を説明してくれないのは理不尽だと思ったし、なぜこうなるのか納得できません。

誰か説明できる人がいるなら説明してほしいです。


卒業文集の作文です。

「もう一つ書かないか? 例えば君の研究についてとか」
と、担任にうまくやられて 最初の作文は、おそらく多くの方には読まれることがないまま、なかったことにされるでしょう。

よくここまで頑張ったね、 と思うとともに、とても悲しかったです。

広島の万引きの冤罪、推薦しない事件 のようなことが、多く起こってる、

あちこちで。 それが現実。

自殺しなくても 事件にならなくても 本人が納得できるように解決してほしい と思います。



最初の作文をここに掲載します。原文ままなので、読みにくいところがあることご了承ください。 



六年間で学んだこと

ぼくは、小学校六年間で学んだと思っていることがある。

まず、一年生の時雨天だからと言い傘でチャンバラをやってみんなで先生に怒られたりした。

二年生では、野菜を食べることに挑戦して吐いた。

三年生では、漢字テストで七十二点を取り、再テストから逃走した。

四年生では、昇降口等が違うため、間違えたことを下級生に言われ、気づいた。

そして、五年生では先生達に特に変人扱いされた上、画びょう事件で犯人扱いを受け、やってもないことを認めさせられた。

六年生ではトラブルが起こった時頼りになるのかと思っていた先生が実際全然違う学校のあやつり人形であったことに気づいた。

そのように、一年から四年では学校は学習する所とだけ思っていたのだが、五年六年になると、学習すると同時に変なことが発生する場所とまで思った。

しかし、それらの出来事はおかしいことだとわかった。

なぜなら、五年の時の画びょう事件は友達二人に対してやっていないという証人がいるし、その証人とともに、五年の時の担任の先生に画びょうを十三個仕掛けたのは事実ということであった。

が、友達二人対してはケンカしていた相手達やそれに加わっていた他の人、つまり当時の五年二組の自分以外の全員が作り上げた話であることがわかった。

そして、学校長と当時いた教頭が作り話を利用して犯人探しをしなくて済むようにした。

そして変人扱いすることで皆の目を学校側からそらし、学級崩壊を防ごうとしたが結果防げなかった。ということだったのだ。

そして、この教訓を元に、やってないことを認めない、決して和平しない、家族以外に信用する人を作らない、決してこちらから暴力的反撃をしないということだった。

そして、絶対に、防衛、黙殺以外のことをしないことが、わかった。

しかし、六年になると、わけもなく攻撃を加えてくるのであった。

そこで、防衛と黙殺以外、何もしないようにすると、大人数でやるようになったのだ。

そして、仕方なく、反撃、逃走をその中に加えれば、こちらが不利になった。

そして、納得のいかない、大人数対一人なら大人数を保護しつつ、一人を放置する。

そういうことが本当にあるのかと疑うくらいおかしな解決方法で五年の時の解決したふり方法と同じということで、大人数が調子に乗って全員になった。

その時、反撃するにもできない状況下になった。

するにも勝算がない。

つまり、和平をとりあえず表向きした方がいいということが、結論付けられたのだった。

全員が相手の場合、信用する人も敵になる。

つまり、家族以外に信用する人、いわゆる友達という物等、作らない方がいい、むしろ、単なる人に見える何かと認識する、もしくは取引をするのであれば取引相手として、いつでも裏切れるようにしておくべきとわかった。

ある意味、これを教えてくれて、ありがとうございましたと言いたい。

六年間で、これだけわかったので良かったと思った。


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