大風呂敷を広げるつもりはないが、今日の二つの感動的なテレビ(映画)で、つい書いてみたくなったテーマだ。24時間テレビと、映画「打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか」。
24時間テレビの、タレント、スタッフ、ランナーのブルゾンさんなど全員参加で、「伝える」ことをテーマにした番組を作り上げていく。
山岳地帯での撮影に生命を賭して挑み続けたカメラマン・ディレクターがいた。何度の失敗後もくじけず到頭チョモランマでの撮影に成功した。関わったスタッフ全員がその達成感で涙した、そんな場面を見て、僕は思ったのは人間の可能性ということ。技術やシステムやそんな非人間的なものが席巻する世の中においても、人と人とが協力し助け合い、信頼しあい、何かをやっていくということはできるのであること。
ブルゾンさんの走る動機は、恩師から我が娘が病気に侵されていることを告げられた、そしてお笑い好きのためランナーとしての走りを見せることで勇気付けたいということ。ランナーが限界まで走り続ける大きな動機は、誰かのために少しでも今の走りが結びつくということ。それは僕も走ることが趣味のようなものなので、よくわかる。
誰からの大きな力になるために、頑張って走る姿を伝えようと必死になったブルゾンさん、全力でそれを支え実現しようとした関係者スタッフ、テレビ放送会社ぐるみの頑張りは、本当に素晴らしいと感動した。
あと、もう一つ今日感動したのは、映画「打ち上げ花火、横から見るか、下から見るか」。
転校していく同級生への淡い恋の物語ではある。
しかし、同級生にとって思い出となる最後の1日づくりのために頑張る男子高校生の姿。そこに時間を巻き戻す「ガラス玉」の存在や、打ち上げ花火の姿が絡み合って、映像としてもストーリーとしてもロマンチック・幻想的なものとなっている。
卓越したアニメ技術がすごかった。
と、普段ならあまり書かない「人との助け合いによる感動」「ロマン」とかいうテーマについて書いて見た。人間性の回復というものがあるのならば、まさに今日、僕は、日々の荒んだ生活からすり減らして消耗した人間性というものを少し回復した。そしてそれは、ロマンとか感動というものによって。そのようなものがあるのかは確かに証拠はない。しかし上記の山岳地帯での撮影に挑んだディレクターの辞世の言を借りれば「あるものはあると言おう。あるものをなかったとはいうな」ということだろう。確かに感動、ロマンによる心あらわれるたいけんというのはあるのだ。
