respect Seiko Matsuda and 80s pops -18ページ目

respect Seiko Matsuda and 80s pops

旅行、音楽、最近は松田聖子を尊敬するブログ

 

フリージア:浅黄水仙
花言葉「期待、感受性、純潔、あこがれ」

 この花はドイツ人の名前にちなんで

命名されたといわれます、余談ですが

”フェリシア”も同じくドイツ人でした。

 フリージアを主題としたシングル

は昭和63年の発売。フジテレビ

30周年記念で聖子さん作詞、

タケカワユキヒデさん作曲という

昭和時代の最後のシングル。

アナログ版としても最後となる

記念すべき曲です。

 この年はソウル五輪、中日

優勝、昭和天皇の体調悪化で

自粛ムードとなった年でもあり

ますが、遠い昔のことで記憶から

消えかけています。

 聖子さんは曲がランクインした

ものの”ベストテンを辞退”、何と

とんねるずさんの「みなさんの

おかげです」に第一回ゲストと

して出演されました。

 プロデューサー、石橋さん、

木梨さんにとっても、忘れられ

ない、聖子さんの愛情あるエピ

ソードだったようです。

 

 ベストテンはこの翌年も出演せず、

フジテレビにはよく出演されていま

した。

 そのベストテンも平成に入り

最終回を迎え聖子さんは海外

進出となるのですが、

”24曲連続第一位という記録”

をうちたてたこの曲には、様々

な思い出があります。

  ・・・・・・・・・・

 それから三十年、平成の世も

あと一年一ヶ月でおわりを迎え

とんねるずさんも三十年続いた

番組に幕を引くことになりました。

 三十年まえの車がクラシックカー

として走っているのをみることも

あるかと思いますが、人間でも

一世代と言われる時間です。

これだけの時間同じ趣向の番組

で人気を取り続けることが異例

なのですが、始終笑顔で平静を

保っていましたが、言いたいこと

はまだまだあったはずです。 

 

 

 聖子さんはとんねるず

さんとコラボしたご縁も

ありますが、木梨さんと

は誕生日は同年の一日

違い、石橋さんとは学年

が同じで、御父様と娘さん

は木梨さんの実家で自

転車を購入するほど

懇意であったようです。

格別な思いが画面から

あふれていました。

 

 

世代が変わり受け止める側の

変化も激しい世界にあって、

30年たっても第一回と最終回が

おなじ聖子さん。この演出を

しって私は涙しました。

 当時と変わらずに歌い続けて

いる姿はとんねるずのお二人に

も格別な輝きを放っているよう

です。

 最近のみずみずしい聖子さん、

歳をとるごとに若返っていると

話題になっています。直近でも

とんねるずさんと共演、松本隆

さんの特集番組、宮根さんとの

共演、と収録では絶好調なのに

紅白だけは緊張していて評判が

いまひとつのところもあったようで

不思議なところです。

 

 最終回がなぜかいつもどおりの1時間、

野猿を除けばゲストは ”松田聖子”ただ

ひとり。このこだわりの意味は ファンの

方への特別のメッセージでした。最後の

替歌とあわせて、とんねるず流の美学を

堪能させていただいた昭和世代も

多かったようです。

 

 

 テレビ界のひとたちもこの番組の意味

をあらためてかみしめているようですね。

 

「みなさん」最終回も松田聖子 鈴木おさむが感じたとんねるずの美学

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180328-00000015-sasahi-ent

 

 

 

 

 

 

 うさぎで有名な神社 が大阪に

あるそうですが、気になって

いってきました。

 

 

 

 日頃の行いのせいか神社に

近づくと大雨になってしまいま

した。 ぬれながら参拝しまし

たが、九州の伝説では「住吉の

雨は吉事である」と知って

安心しました。

 過去のネット情報と異なり駐車場は現在は有料となっている

ようです。
 

公式ホームページ

http://www.sumiyoshitaisha.net/grounds/

 

 

 

 南海、阪堺の駅の目の前ですので日本のなか

でも鉄道の便が良い神社のひとつでしょう。

 

--

戦国武将の伝説も多数ありますが

そちらは別の機会に取り上げたいと思います。

 

 鹿児島は二月でもぽかぽかしている

と聞いていましたので、ドラマで話題

になっている 神社を訪問しました。

 二月第四週でしたが青空と春の

ような陽気の鹿児島空港でした。

空港前には隠れたスポットがあり

待ち時間があるひとにはおすす

めです。

(西郷公園 霧島市)

(中央公園ちかくの 西郷隆盛像)

 

西郷さんのスポットは多いのですが、道が一方通行だったり

駐車場を探すのに手間取ったりするので、市内はバスで

時計回りに訪問するのが良いようです。私は郊外の

戦国武将の墓があったのでレンタカー移動でした。

南州神社のそばに半年前にあたらしいカフェができ

ており、温かい飲み物が味わえました。

 

神社と墓地がある場所なので神聖なところ

なのですが、さびしいところでもあるので

カフェがあるとほっとします。

神社のほかに城山の展望台も是非訪れたいスポットです。

 ここから桜島をみるとき150年前の

西郷さんも同じ風景を見ていたのかなと

想像してしまいました。

 京都府の京丹後市に、ねこで有名な

神社があるときいて、気になったので

いってきました。

 

京都北部の”天の橋立”から

30分の京丹後市にあります、

京都からは丹鉄経由で2時間、

レンタカーで90分の距離です。

 小学生の頃うまれてはじめて

見た日本海の青さはわたしに

とって忘れられない思い出です。

 この日は海は大荒れで、観光

どころではありませんでしたが、

なんとか神社の見学はできました。

 

鬼平犯科帳で知られる京極

備前守の京極氏が幕末まで

善政をしいて産業を手厚く

保護したことで全国の6割を

占める全国最大級の絹織物

産地となっています。

 
 峰山の役所に近い金比羅神社

の境内 ”木島神社” で狛猫と

してお出迎えです、「ちりめん」 

の天敵のねずみを退治する、

ということから産業の守り神と

して大切にされたと言うことです。

全国的には猫の神社として

人気があります。

単に猫がいるだけでなく、
・300年つづく ちりめん産業。

・江戸時代に産業を保護した京極氏。
・京極氏が勧請した金比羅神社。
・蚕の神様の木島神社と狛猫

というように江戸時代から続いて

きた ちりめん に対する思いとか、

厚い信仰心がこの猫にこめられ

ており、二重三重の意味で

心があつくなる神社でした。

神社の解説

http://www.konpirasan.com/08/0103.html

 

日本遺産 300年を紡ぐ絹が織り成す丹後ちりめん回廊

https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story043/index.html

 

京都・京丹後市人も食べられる「プレミアム猫缶」完成2018年3月5日

https://mainichi.jp/articles/20180305/k00/00e/040/177000c

 

 

 

 

 今年の新しいCMでは涼しげな和装が
話題になっていますが、松本隆さんも

すんでいらっしゃる京都について

短期訪問です。

 


京都というとポッキーを連想してしまいますが

2012年の大河では聖子さんが妖艶な

「祗園女御」を熱演されていました。


 実は京都御所にある厳島神社ですが

祗園女御も御祭神のひとりです。

 

祗園には供養塔があります。八坂神社からいくのが近いのですが、

場所ははじめての人は迷うかもしれません、道をきくときは

「円山公園音楽堂」 を目印にした方が良いかもしれません。

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 京都というと松本隆さんを

連想しますが、京都はただ

古いだけの街でなく新しい
ものもとりいれている、ある

意味で先端の街でもあります。

 「もの」は同じでもシステムとか

サービスといった人のつくる

目に見えない存在が、5年ぶり

に訪問してものすごく進化して

いるような感じを受けました。

 芸能神社は読者の方にも

一度参拝をおすすめしたいです。

嵐電の「車折神社」 の駅で下車

駅のホームの隣が神社です。

 

 聖子さんのお誕生日には参加

できなかったため、不肖わたくし

もこの神社で、

 松田聖子さんの御多幸

をお祈りさせていただきました。

 

聖子さんゆかりのひとのお名前もありました。

 

http://www.kurumazakijinja.or.jp/geinoujinja.html

車折神社の神様をまつる『本殿(ほんでん)』は、境内(敷地内)の「主」です。お寺で例える

ならば、「本堂」「本尊」にあたります。ご来社の際は、必ず『本殿』もご参拝なさって下さい。
 

 

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追伸:

★ とんねるずさんの番組最終回で聖子さん共演される

ニュースがありました。

とんねるずが熱唱! 「みなおか」の最終回ゲストに松田聖子と

https://www.j-cast.com/tv/2018/03/20324115.html

 

 五輪、パラリンピックも終盤です

が今回もいろいろなドラマがあり余韻に

浸っておられる方も多いと思います

 

 

 我らが聖子さんのデビューは1980年

あの”涙のモスクワ五輪”の年でした。

 

 蒲池猛夫選手が活躍されたロス五輪ですが

それまでにメキシコ、ミュンヘン、モントリオール、

ロスと4大会に出場し、モスクワに参加できな

かったものの、48歳での金メダル(現在も

日本の最年長金メダリストの記録)で話題

になり、聖子さんの番組中にも一家そろって、

聖子さんのファンですと話題になりました。

残念ならが4年前に他界されています。

御写真を見るとその人柄がつたわって

きます。

 

ロス五輪金の蒲池猛夫氏が死去 78歳 

 

https//www.nikkansports.com/sports/news/f-sp-tp0-20141208-1406514.html

 

聖子さんの御父様に雰囲気が良く似ている

ともいわれました。

ご冥福をお祈りいたします。

 

 

 梅宮辰夫さんの80歳、60周年記念の話題に

驚いた方も多いかと思います。

高倉健さん、菅原文太さん、渡瀬恒彦さん、

そして盟友の松方弘樹さんが帰らぬ人となり、

思うところがあるようで、初のディナーショー

開催での出来事ですが、執念というか、プロと

しての魂を感じる出来事でした。

梅宮辰夫がイベント直前にケガ 顔面30針縫い登場「這ってでも」

http://news.livedoor.com/article/detail/14438795/

 

 このニュースをきいて読者の方は、

”あの方の昨年の公演”のことを

思い出したのではないでしょうか。

 

 聖子さんと梅宮さんの交流について

はわかりませんが、今回の梅宮さんの

心境に一番近いひとは聖子さんかも

しれません。誕生日も一日ちがいです、

ご縁があるようですね。

 梅宮さんの御病気をとりあげて、

心ないことを書く人がいるのには

驚きます。この点も聖子さんなら

気持ちが通じるのでしょうか。

 

 アンナさんも沙也加さんのことについて

昨年発言されており、離れていても、

心は通じるひとが、世の中にいること

を痛感しました。

 

松田聖子をめぐる憶測に梅宮アンナ「いちいちうるさい」

http://news.livedoor.com/article/detail/13011600/

 

 * * * * * * * * * * * * 

 

今年もみずみずしい聖子さんに感動した人は多いようです。

 

 

聖子さんも22年後に60周年イベント?やるの

かなって想像しましたが、御母さまも健康で

長命の家系でいらっしゃるので、ファンの方が

先に引退、帰らぬ人となってしまうかも

しれませんね;

 

 聖子さんはコンサート、DSで

何度も鹿児島をご訪問されて

います。 わたくしが先月、鹿児島
を訪問、現地で歴史に詳しい方に
”聖子さんのご先祖様”について
伺ったところ、やはり深いご縁
があったようです。

 


 歴史のことなのでいきさつとか、
横の関係の説明が難しいのですが、
大きな出来事だけで三回も歴史に
登場していました。

 ①蒲池宗雪は大友方として
  島津と対峙し、しんがりと
  して壮絶な最後を遂げた。
   ( 耳川の戦い )
 ②宗雪の後継の鎮漣が島津に助け
  を求めたが、結果的に間に合わ

  なかった。
 ③蒲池鎮漣の遺児、徳姫が長崎に
  避難後に、島津が徳姫の敵を
  討った。( 沖田畷の戦い )

  (トップテンで放送された古文書は
  この徳姫の家系のもの)

 地元で有名な島津四兄弟

 

 

詳しいことは長くなりますので
別の機会にかきますが、
歴史に興味が無い方でも、
聖子さんのご先祖様の偉大さを
感じていただけたと思います。
 

 

読者のみなさまのなかには
3月10日と3月11日が
特別な日であると感じる方も
多いかと思います。
 二日連続でしたので投稿を
ためらっていましたが
日曜はあさからお祈りを
してすごしました。
 先週は久しぶりの7時台の
聖子さん生中継に感激
まだ余韻に浸ってます。

 聖誕祭で聖子さんと
同じ空気を吸えたという
感動の声は、当日
参加できなかった方にも
幸福をつないでくれました。

 - - - 

 聖子さんのツアーですが
6月第一週に新譜、埼玉
からスタートして9月頭の

名古屋まで。去年以上に

ながくて暑い夏が三ヶ月

で到来です。
 三月は暦の上では
一年の始まりではありま
せんが、わたくし的には
今週から新しい年が始動
したかんじです。
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 3週間後には聖子さん
が正式デビューしてから
39年目にはいります。

 徳光さんが誤って
「ミス コロンビア!」
と紹介したのが昨日のこと
のようですが、聖子さん
が上京して40年目です。
 その当時の自分の姿を
思い浮かべ、この40年なに

をしてきたのか振り返ると

自慢できることは何ひとつ

ありませんが、
「聖子さんと同じ時代を」
生きた感動だけは、こころ

に持ち続けています。
 - - - - -


 最も驚くべきことは
聖子さんが「今も変わらず
歌い続けていること」で
この奇跡的な偉業の意味を
かみしめて、 あらためて

一年間がんばろうと

思いました。

 

 毎年この時期になると震災、帰らぬ人、傷ついた人

のことで様々な想いが交錯します。私以外にもあの

震災を機に、命の重さ、当たり前のことへの感謝を

かんじたひとは多かったと思います。

 2011年、2012年は日本中が騒然としてい

た時期ですが聖子さんの歌の中に、こめら

れた復興への願いに感激したひとも、

多かったようで今でも忘れられません。

 

 


 ボブジェームスさんの娘さんが作詞し、聖子さん翻訳の

「心をひとつに」。そして大船渡、紅白の「sukiyaki」。

 

http://www.radionikkei.jp/music/entry-388480.html

 

https://www.universal-music.co.jp/fourplay/news/2012-12-20121227media/

 フォープレイでのボーカル、クインシージョーンズさん

と共演、これまでとは一風ちがったテイストで震災以降

の数年間こつこつと努力を重ねて、昨年やっと完成さ

せた大仕事が ”SeikoJazz” でした。

 6年がかりと言われますが昭和60年のDavid Matthews 

との出会い、 ”Dancing Shoes/Sound of My Heart” 

から数えると33年という途轍もない長い道のりと、

聖子さんご自信の経験の蓄積があって、はじめて

このJazzで大成したともいえます。

https://natalie.mu/music/news/271254

「第32回 日本ゴールドディスク大賞」
 ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー受賞
SEIKO MATSUDA   「SEIKO JAZZ」

 

いままでの聖子さんと違う印象なので

戸惑うひとも多かったのですが、

Jazzの歌声は聖子さんの愛情そのもの

と言ってもいいくらい、心にしみます。

2018年のJazzにも期待したいです。

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※ 聖子さんのアルバムですが連続発売の

インパクトが強すぎゆっくりきく暇もありません。

 ”櫻の園”だけは特別に試聴しましたが、

この時期忙しい人も多いようで、

 今週の聖誕祭がおわってから

ゆっくりきくのも良いかもしれません。