研究者によるインナージャーニー:「私」の記録と観察

研究者によるインナージャーニー:「私」の記録と観察

親の許す厳しい条件の中でしか進路が選べず、どうしたら望む道に進めるか必死でもがいた結果、社会人になって2度大学院に入り、研究者に。一番難しい「私」なるものを少しでも明らかにするために、日々の気づきを綴ることにしました。

うちの両親は、子どもたち=私達兄弟4人に強く望んでいたことがありました。

 

 

それは、自立です。

今にして思えば、精神的な自立よりも、経済的な自立の意味合いが強かったと感じています。

 

 

 

 

私の場合、大学生になってからは、学費、定期代など学業に最低限必要なもの以外はアルバイト代で賄っていました。

正確には、教科書を含む本代(ゼミや卒論で使う類)や定期代は自分で出していた時期もありました。

 

 

週5日、1~4限まで授業(20コマ/週程度)を取っていて、まあまあ学業も忙しかったですが、

だいたい2~3つアルバイトを掛け持ちして、月10万円程度稼いでいたと思います。

 

 

 

 

当時の父は、子どもたちに対し、

「自立できるようにそうしているんだ!」と言っていました。

確かにそうだな~と合点はいっていたので、不満はありませんでした。

 

 

 

 

実際に、自分で稼いだお金で自動車の免許、海外短期留学、国内外旅行などをした経験は何にも代えがたく、

達成感と誇らしさを強く感じられ、大満足な大学生活でした。

 

 

 

両親の方針により、充実した大学生活を味わえた経験から、

この春大学生になった子どもにも、その目的と意図を伝え、同様の方針でやることにしました。

 

 

子どももそれを聞いて納得し、大学に入学する1週間前からアルバイトを始めました。

(進路が決まったのが3月だったので…)

大変な面もあるようですが、仕事にやりがいと責任を感じながら頑張っています。

 

 

 

 

そんな矢先、両親が子どもに「お祝い」をくれました。

ありがたいことですが、その中身を確認してとても複雑な気持ちになり、それは困ると伝えました。

 

 

あれだけ私たち兄弟、つまり両親からしたら子どもたちに自立するように育てたのに、

孫に対しては、それを阻むようなことだったからです。

 

 

 

 

自分が親にしてもらえなかったことを、子どもが祖父母にしてもらえて羨ましいという気持ちは

全くないと言ったら嘘になるかもしれません。

 

 

でも、それ以上に、大学生の時から仕事をすることの大変さと喜びを味わわせてもらったことが財産だと思っているので、

子どもにも経験してほしいという思いが強いです。

 

 

 

 

そこで、夫とも相談し、両親には親としての自分の教育方針を伝えたうえで、

「お祝い」に関してはこちらでいったん預かることにしました。

もちろん、子どもにも事情を説明したところ、むしろそうしてほしいとのことでした。

 

 

具体的には、アルバイトを始める前にどうしても欲しいものがあり、

アルバイト代で返済する約束で立て替えていた代金があったので、それを精算しました。

 

 

そして、運転免許や海外旅行など、ある程度まとまった資金が必要かつ

アルバイト代がたまるのを待っていたら時期を逃してしまうことに対して、

必要に応じて補填することにしました。

 

 

 

 

 

自分の「子」と「孫」とでは、ここまで方針が違うことにとても驚きました。

私の両親(子どもの祖父母)の言い分では、周りの人たちの相場を聞いて孫にしてあげたかったとのことです。

 

 

子どもとして親がしてくれたことが、大人になって身になっていると思っただけにショックでしたが、

思い切って自分の親に伝えて良かったと思っています。

 

 

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