ウクライナがロシヤに侵攻されて『蛮行』と非難され、それでも国際社会は背後から口と武器の援助はするが、共に戦ってくれない。ロシアの言い分は『ロシアの脅威となるから武器を捨て無抵抗を誓え(俺たちは原爆もあるし、怖いだろう。戦力は一等国だ!)』などと、子供にもバカにされるような言い分で、ウクライナ人を殺して街を破壊して、諸外国はこれを見殺しにしている。
こんな中にあって、日本人は未だ憲法9条を棄てない。この条文では『武力を使わない、陸海空等の戦力は持たない、交戦権も認めない。』と明確に規定している。自衛権(含:集団的自衛権)は固有の権利だから別だとのへ理屈またはコンニャク問答は、今のロシアの言い分と大差ない。交戦権・自衛権を含む戦力も捨てたから放棄と言っている。そこには自衛権は別だとか、軍隊で無くて自衛隊の名称なら良いとは一切言っていない。平和維持の為とか人権擁護の為とか美しい形容詞を付けても戦争・戦力はダメと言っている。
政府は諸外国の手前、国防費を2%強に引き上げる様だが、肝心の憲法を変えていない。国民の多くは矛盾を感じていないようだが、平和憲法を持つ国家としてはしてはいけない事です。憲法はファッションではありません。美しく見せるための物でなく国民と権力者の約束事です。
戦後70~80年、幸いにも世界の警察官の米国が強く、理想を夢見た子供のような日本に外国からの侵略が無く、ひたすら経済発展に邁進できたのが、甘い国際的認識を温存させました。
私は絶対的平和論者でも右翼でもありません。外国から侵略を受けたら応戦するのは当然ですし、権利です。ただそれを放棄していながら、応戦するのはウソつきだと思います。国家としての品位を傷付けます。政権のトップの人はよく『私は国民の命と国土を守ります!』と言いますが、そのための建付けが無いままではこんな宣言は空しく嘘に聞こえます。
政治家はすぐにも憲法改正案をまとめ、国民に信を問うべきです。国民も侵略を受けたら誰も立ち向かわずに手を挙げて、殺されても略奪されても破壊されても良いか、真剣に考える時です。ウクライナの人達が子供を含む家族を殺され、また国境まで家族を送り出して、別れを惜しんで祖国を守るため戦場に戻る父親や若者の姿をみて、ただ戦争は嫌だと駄々をこねる国民であってはならないと思います。
政治家は憲法改正は選挙が終わるまでは言わない下心を選挙民は解っていますよ。国民の命より自分の選挙の当選が大切と思っていませんか?