努力して何かをやり遂げたの達成感はすごい。
これは一種のエクスタシーだ。
苦しかったことも、「頑張って良かったあ」って思える。

この喜びは、苦しんだ者だけが味わえる、一種の特権である。
実は、私はこのエクスタシーを今日久々感じた。
テストが終わった。今日で辛かった留学生活も終わりである。
これまでは頑張ってなかったんだね。

高校のときはサッカー部で走らされた。
今思えば、あの練習は辛かったけど、終わったあとの満足感はあった。
あの苦労があったから、浪人も頑張れた。

大学ではそういう苦労を一切しなかった。
だから、打たれ弱くなったと思う。

やっぱり、苦労しなきゃ駄目だ。
何かを苦しいけど、頑張ったあと、何にも変え難い達成感が待っている。
それは経験になって、自分を強くする。

そういうエクスタシーを求める人生って、多分いいものだ。

努力した分だけ、自信が生まれる。
苦労した分だけ、自信が生まれる。

努力・苦労したら、精神的ゆとりが生まれる。
結果が駄目でも諦めがつく。

楽して生きたら駄目だ。

もっと努力しよう。もっと苦労しよう。

頭の中だと、どうしても「どうやって楽するか」という悪い方向に考えてしまう。

思い立ったらとにかく行動。

自分との約束は守る。それはつらいし、大変なこと。でもそれを果たさないと自信・余裕は生まれない。

苦労して、努力しろ。オレ!!
初対面。関係が微妙な(友達なのか?)人との遭遇。友達の友達。顔は知ってる知り合い。旧友との再会。

そういう状況の会話が苦手だ。開口一番、何を言えばいいのか分からない。パニックになるのだ。

多くの場合、私は「逃げる」。そういう方たちを発見したら見つからないように隠れる。もし、会ってしまったなら、挨拶だけして、その気まずい(私が異常に感じる)場から立ち去る。

そんな自分が嫌いだ。自分の治したい性格の一つだ。

社交的になりたい。その場を「愛想」よく乗り切れるようになりたい。

まずするべきことは、「逃げない」ことだろう。立ち止まってじっくり話をしてみる。あるいは、自分から話しかけようとしてみる。

第一声。何でもいいのだ。とにかく、自分に自信を持って、笑顔で話す。

そのためのいま基準を決めた。

まず相手に質問する。なんでもいい。例えば、元気?でもいい。それを続けて、ネタが無くなったら、または質問が思いつかなかったら、自分の話をすればいい。何でもいい。ちょっと前にやっていたことでもいい。何でも。

とにかく話すことが大切。自信を持って。相手を自分のペースに「巻き込む」。または「巻き込まれる」。

これは、重要。人と人がつながるために。

話をしようとしすぎて、考えることを相手に悟られては駄目だ。あくまで「自然」に。

そうだ。何も意識せず、「自然」にすればいいんだ。妙に気取ろうとかいいところ見せようとかではなく。

「自然に」。これが重要だ。

ふー、書いていてすっきりした。

なんだ、この気持ちわるーい日記は。

でも、アップします。 もし読んだ人いたら、ごめんなさい。