こんにちは、
あやこです。
3月、
離れて暮らしている長女の高校進学準備などで
高知県へ行っていました。
私たち家族は18年前、高知で始まり、
長女が小3、長男が年長になるまで
暮らしていました。
次女を授かったことをきっかけに、
6年前に栃木に移住してきたのですが、
入学式の服が照れ臭くてカーテンの中に隠れてる
6年前に高知から栃木へ
その1年目、
生活の変化に
長女の緘黙(かんもく)が発症、
私も不安が高じて
肺炎をきっかけに不眠になり
北海道から義母を呼びつけ、
離婚騒動を起こすなど大変な年となりました
結婚してから
良い妻、良い母を目指して頑張ってきたのですが、
病気になって頑張れなくなった私に
長女がとても優しく甘えにきてくれました。
今まで見たことのないような柔らかい顔に驚きました。
そして
それまで私が長女に
しつけと思って教えてきたのは
頑張りなさい、
気をつけなさい、
ちゃんとしなさい、
愛想良くしなさい、
そうしないと幸せになれないよ。
という、
私の不安を伝えて続けていたのだと気づきました。
この時、ベッドの上で何もできない私に
義母、夫、子供たち
両親
夫の職場の人までが駆けつけてくれて
助けてくれました。
頑張らなくていいんだ
助けてって言って良いんだ
って体験をした時に
それまでの世界が
がらっと変わりました。
その体験をきっかけに、
私は「幸せ」と感じることができました。
それまでは、
旦那さんがいるし、
子供もいるし、
私は恵まれてる、幸せって思わなきゃ
って思ってました。
思わなきゃって思ってるってことは、
「幸せだと思えてない」ってことです。
何が有るから幸せ
何を持ってるから幸せ
じゃないです。
幸せと
感じられているか、どうか。
ベッドの上にいた私は
数日間、不幸のどん底で、
そのあと
自分の周りにあるものに気づいて、体験して、
幸せになりました。
外側の環境は何も変わっていませんでした。
でもハッピーエンドではありません
私の毎日はそこから続きます。
その後、体がどんどん元気になるにつれて、
出来ることが増えていくにつれて、
私の不安は
また大きくなっていきました。
頑張らなきゃ
いつまでもこうしていられない
迷惑かけちゃいけない
という気持ちが
ムクムクと育って
私はまた幸せを忘れていきました。
でも、幸せを感じた体験は
何度も思い返しました。
病気をきっかけにした幸せ体験はたまたま起こったことだけど、
今度は意識して自分の力で幸せになれたらいいなと思いました。
それから6年経った今、
結局
心というものはなかなかコントロールするのは難しいもんだな、
ということが分かりました
無理にコントロールしようとすると
壊れちゃいそう。
そして
コントロールしなくても、
勝手に上がってくるものだ
ということが分かりました。
だから幸せでも
不幸でも
今、心が
そう感じるなら仕方ないな、
諦めて受け入れよう、
と手放しています。
不思議な心のこと、
興味は尽きません。
どん底の時は苦しいけど、
次の日は普通になってる
なので今は
幸せも
不幸も
どっちも楽しんで
心は
遊んでいるんだろうなって視点で見ています。



