弱者救済は響きもいいし、ウケもいい。

一定の支持も得られる。

 

勉強ができる子を教えるより、勉強ができない子に寄り添っていた方が、

なんだか面倒見もいい気がするし、人情に訴える感じがある。

 

事実、自分はそういう子にターゲットを絞って教えてきたところがある。

もちろん、「評価が得やすいから」という理由ではなく、

苦手なりにやっている子を応援したいという気持ちからだ。

 

でもそれってどうなんだろうなという考えもでてきた。

勉強ができない子というのは「努力が足りていない」場合がほとんどで、

「積極的な参加姿勢がない」場合も多い。

もちろん、苦手なりに、自分なりに努力をしているけれど、結果が出ない子もいることは心得ている。

 

それに対して「勉強ができる子」というのは、天才型を除き、必ず努力をしている。

積極的な参加姿勢もある場合が多いから、お金も多く払っていただける。

お金を払ってまでより多く勉強をする。評価するべきことしかない。

 

ベテランの先生が、勉強ができる子に注力する理由がなんとなく分かるような気がした。