248、【路傍の花】
未来に何を望み何を描くか?
これまでの「3G」周波数の古い社会システム下においては、
「未来」はある程度は予測可能だった
それは時系列に因果関係をもたせるロジックのシステムだったから…
しかし、今までの社会システムから逸脱したこれからの新しい周波数の世界では
もともとの真理の法則どおりにすすむ
「未来に"予め"などない」
そう…予想とか予測なんて無意味…
どの世界を選び飛び込むかは今の自分次第
なにが真実で、なにが真理なのか?
どの歴史が正しくて、どの法則が活きてるのか?
社会システムから逸脱し、
ホンモノの覚悟を灯した人たちが起こす行動は、
「それらすべてが自分のコトとしての現実」
というような地に足ついた生き方となる
つまり、真理も、真実も、歴史も、法則も、
『なんのために必要なのか?』
そして、
『それを何に転換するのか?』
という"目的"が宇宙と共鳴しなくては
降ろされることはない…
過去などもともとない…
未来もそもそもない…
今の時代を創るのは今を生きている自分自身
夢は終わらない…
ロマンは消えない…
ファンタジーは現実となる
…そんな周波数で生きていく
御縁結びからの出会いは必然…
それに応じるかどうかも最後は自分の心が決める
自然に成り行きに任せられたのは今までの社会システムを使っていたから…
愛は常に自分の一番の身近な目の前にある
その愛こそがこの世の縮図
大も小もそんな尺度すらもともとないのだから…
祈りはもうおしまい…
…祈りはやめたときに届くのだから
願うのももうやめよう…
…願いは捨てたときに叶うのだから
さて・・
” What brings you to my door ? ”
- 私を呼んだ理由は?-
そして・・
” What Would Jesus Do? ”
-「神ならばどうする?」-
