さてさて今日は、おっちゃんのお父さんの想い出話しを、書こうと思います。
父は、平成9年10月に肝臓ガンで、71歳で亡くなりました。お酒が、三度の飯よりも大好きで、やはり、肝臓に負担が掛かってしまいました。そんな父の想い出話しNo.1の始まり始まり。
今から、36、7年前、アメリカのブッシュ大統領の、お父さんが大統領だった時のお話です。
来日した、ブッシュ大統領が京都を訪問するため、当時、おっちゃん家族は、大阪空港の近くに住んでいました。訪問する10日前くらいから空港周辺は、厳戒体制でおっちゃん家の前の道にも、フル装備の機動隊員が10m間隔くらいで警備に立っていました。そして想い出話しは、来日当日の超厳戒体制の時に起こった、大爆笑の事件です。当時、父は自営業の鉄工所をおっちゃんに引き継ぎ、引退運転免許も返納して毎日、自転車で近所の酒屋の立ち飲みに数回通うのが、日課でした。
そして、あの大爆笑の事件が……✌️
おっちゃんの、鉄工所の前も、機動隊員が警備。
その時おっちゃんは、なにか胸騒ぎがして、父のことが心配で家に戻りました。帰ってみると案の定、父の自転車は無くて…酒屋に行ってるようでおっちゃんは、更に胸騒ぎがして車で、酒屋の方に向かいました。酒屋までの300mくらいの道には、機動隊の姿は無く、酒屋の手前100mくらいの道端に車が、1台停まっていて運転手が車を降りて、側溝を覗き込んでいました。おっちゃんの胸騒ぎは、的中‼️側溝の横に父の自転車が倒れていて、おっちゃんも慌て側溝を見ると、父が側溝にはまり、倒れていました。(笑)、その運転手さんが、曰く「道端に自転車が倒れていたので、おかしいなと思い、側溝を覗いたら、老人が倒れていました❗私がはねたんじゃ無いですよ!」と…そしておっちゃんが、「申し訳ありません、私の父です」と言ったら親切な運転手さんは、父を側溝から引き上げるのを手伝ってくれました。父を引き上げ終わった時、1台のパトカーが来て、3人お巡りさんが、降りて来て「どうされましたか⁉️」と、おっちゃんは、恥ずかしかったけど、「私の父が、側溝にはまっているのを、こちらの運転手さんが、見つけて下さって今、一緒に父を引き上げていたとこなんです❗」と言うと、一人のお巡りさんがパトカーに戻り、何やら無線で話していました、その数分後、30台位のパトカーと、機動隊員を乗せた大型バスが3台……けたたましいサイレンの大騒音🙉💥大型バスからは、機動隊員が150人位、降りて来て
近所の人たちも、仰天で大勢の人が集まっ来て…おっちゃんのワゴン車に父と、父の自転車を積んで、帰ろうとしたら、一人の幹部らしい、お巡りさんから事情聴取を受けて、おっちゃんが話していると、父が車から降りて来て、大多数の機動隊員に向かって『あんたらも毎日、ご苦労はんでんな~‼️わし毎日、感心して、見てまんねん❗』と機動隊員さん達を激励‼️(笑)それを聞いた、機動隊員さん達は、みんな下を向いて笑いをこらえている様子…おっちゃんは、それを見て顔から火が出るような恥ずかしさで❗(爆)早々に立ち去りましたが、父を憎む気など全く無く、肩を震わせ笑いをこらえていた、機動隊員さん達のことが、おかしくて、おかしくて❗そんな、お茶目な父をますます、好きになりました(笑)
父の想い出話し、これからもシリーズで投稿します❗
ほな、股❗♥️(笑)