偽りの診断書が奪った信頼

伊藤健二(34歳)は、中堅企業の課長補佐として将来を期待されていた。ある重要なプロジェクトの締め切りが迫る中、大きなミスを犯してしまい、その責任から逃れたいという思いに駆られていた。

「どうしても三日間の猶予が欲しい…」

そう考えた彼は、大学時代の知人を通じて、虚偽の診断書を偽造発行してもらうことにした。「急性胃炎」と記載された診断書は本物と見紛うほど精巧で、会社はすぐに三日間の休暇を認めた。

最初は安堵した。時間を稼いだことでプロジェクトの立て直しに成功し、むしろ上司からは「無理をしてまで働かなくてよい」と心配されるほどだった。しかし、この成功が彼をさらに深みへと導くことになる。

数ヶ月後、またしてもピンチが訪れた。今度は取引先とのトラブルだった。再び同じ手を使おうとした健二は、今度は「帯状疱疹」の診断書を偽造した。しかし、この決断が彼の運命を変えることになる。

ちょうどその時期、会社では健康管理の徹底が行われており、診断書の原本提出が義務付けられていた。疑念を持った人事担当者が医療機関に照会したところ、診断書の偽造が発覚したのである。

社内での信用は一瞬で崩れ去った。それまで築き上げてきた実績も、有能だと言われてきた評価も、すべてが虚構に変わった。上司は失望の表情でこう言った。「病気ならば正直に話してくれれば、会社はちゃんと対応したのに」

同僚たちの視線は冷たく、それまで親しくしていた人々も距離を置き始めた。最も辛かったのは、本当に体調を崩した時に、誰もそれを信じてくれなくなったことだ。「また偽物なのか?」という疑いの目は、彼の心に深く刺さった。

プロジェクトの責任から逃れるために使った小さな嘘が、彼のキャリアだけでなく、人間としての信頼までも奪ってしまった。偽造診断書という過ちは、彼が想像していた以上に重い代償を要求したのである。

後から振り返れば、ミスを素直に認め、解決に全力を尽くす方がどれほどましだったか。伊藤健二は、失われた信頼を取り戻すための長く苦しい道のりを、静かに歩み始めなければならなかった。