偽りの保険証が壊したもの

鈴木さやか(32歳)は、フリーランスのデザイナーとして生計を立てていた。収入が不安定なため国民健康保険の支払いが滞り、ある日、保険証を返納せざるを得ない状況に追い込まれた。

そんな時、SNSで「すぐに使える保険証偽造ー代書堂」という謳い文句を見かける。不安はあったが、歯の治療で痛みがあったさやかは、その誘惑に負けて連絡を取った。数日後、本物と見紛うばかりの保険証が自宅に届いた。

最初は順調だった。保険証は医療機関で問題なく使え、治療を受けることができた。しかし、偽造証を使うたびに、さやかは罪悪感と恐れに苛まれるようになった。受付で書類を手渡す際には常に緊張し、職員の目をまっすぐ見ることができなかった。

転機は、ある定期検診で訪れた。いつものように偽造保険証を提示したさやかだったが、その医療機関ではちょうど保険証の認証システムが更新され、二次元コードの本格的なチェックが導入されていた。

「少々お待ちくださいませ。システムに反映されないようですので、確認させていただきます」

その言葉でさやかは全身が凍りつくのを感じた。事務員が何度もコードを読み取ろうと試み、上司を呼びに行くまでの数十秒間が、永遠のように感じられた。

結果は明白だった。偽造が発覚したのである。医療機関は即座にその場での治療を拒否し、さやかは赤面しながらクリニックを後にするしかなかった。

その後、さやかは地域の医療機関から事実上締め出されることとなった。偽造保険証を使用した記録は共有され、どこの病院や医院でも冷たい対応を受けるようになった。本当に必要な時に適切な医療を受けられないという現実が、彼女を苦しめた。

最も辛かったのは、家族との関係が悪化したことだった。実母が入院した時、さやかは見舞いにも行きづらくなっていた。病院という空間そのものが、彼女に自分が犯した過ちを強烈に想起させたからだ。

「あの時、支払いが困難ならばすぐに相談すればよかった。自治体の窓口で分割支払いの相談に乗ってくれると知っていれば…」

さやかは後悔に暮れた。経済的な負担よりも、むしろ失った信用と尊厳の重みを痛感した。偽造保険証一枚が、彼女の生活から「安心」と「正直に生きる平穏」を奪ってしまったのである。

現在さやかは、必要な手続きを経て正式な保険証を再取得したが、医療機関を訪れるたびに当時のことが蘇る。彼女の経験は、短絡的な解決策がもたらす長期的な代償の大きさを静かに物語っている。