私の母は、弱いひとである。
か弱いとか、守ってあげたいとか、そういう意味での弱さではない。
他者への依存度の高いひとなので、もちろんそういう ”かよわさ” もあるが
母の弱さは、言葉をかえると ”ズルさ” である。
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クラスに一人か二人いた、信用ならないなと思うタイプの女子。
A子の前ではB子の悪口を言い、B子の前ではA子の悪口を言う、
そしてA子にもB子にも好かれようとするC子。 それが母である。
もっと正確に言うなら、
A子の前で直接的にB子についての悪口を言うのではない。
自分の意見としてB子を悪くいうのではない。けっして自分は悪役はひきうけない。
「B子がね、A子のことをこんな風に言ってたわよ」(自分がそう思っているわけではない)
とさりげなく告げ口し、A子の心を乱す。
自分はA子の味方だけど、B子をハブりたいわけじゃないの。B子も友達だから。
というスタンスは崩さず、自分はあくまでも中立の立場を保つ。
同じことをB子にもささやき、A子とB子の間にシコリや溝をつくる。
八方美人とも少し違う。
大人しい控えめな存在を装いながら
自分が人間関係の中継点、要であろうとする。 それが母である。
保身なのか、あるいは無意識に愉しんでいるのか。
リーダータイプではない母の、少女時代にはそれが処世術だったのかもしれないが
妻になり、母になり、祖母になってからも、その気質は変わらない。
三つ子の魂、百までもとはよく言ったものだと思う。
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母の言動の源は、自分を守る、という一点にある。
自分を守る要塞を築くように、70代のおばあさんになっても
母の”ささやき”は続く。
『”お姉ちゃんには絶対言わないで”ってメグに言われてたんだけど』
と前置きして、妹のとげのある言葉、私が傷つくことを告げてくる。
お母さん、それ聞くのもう3回目だよ。
お母さん、そのたびにメグには言わないでくれって言われたって。
本人(メグ)にはしゃべったこと言わないでって、
自分が悪者にならないように念押しすることだけは毎回忘れない。
じゃあ言わなければいいのに、
言わないでくれたらいいのに、
毎回、そう思う。
そして、それは妹だけではない。
伯母の言葉、叔父の言葉、義理の叔母の言葉として
私に告げては私の心を揺さぶる。
黙っていることはできない。
間をとりもつわけではない。
正義の顔で、ささやく。
そして、内緒よ、という。
何度も。
話したことを忘れて、おりにふれ何度も。
私は気づいている。
同じように母は、妹たちにささやいているはずだと。
”あの子には黙っててって言われたんだけど”と。
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【母は強し】という言葉があるが、私の母にはあてはまらない。
子供を守るために、言ってはいけないことは自分の胸にしまい、
きかせてはいけないことは自分のところで留めおく。
母親って、そういうものではないのだろうか。
そのために自分が苦しくても、自分が盾になってでも
子供のために泥水を飲むのが母親なのではないだろうか。
でも、私の母はそれが出来ないのだ。
自分の胸にしまっておけない。
自分が盾になってまで守ることなんて、”弱くて” 口の軽い母には不可能なのだ。
「メグから ”お姉ちゃには言わないで” って言われてたんだけどね、・・・」
「お父さんには口留めされてたんだけど、・・・」
「あのね、これはあなたには言わないでおこうと思ったんだけど・・・」
いたずら心なのか、マウントとりたい心なのか、
はたまた心底性根が意地悪なのか、
聞いてもいないこと、聞きたくもないことを ”ささやいて” 知らせてくる。
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私には子どもがいないので、母親とは、なんて言う資格ないかもしれないけど
少なくとも私は、夫を守るためなら墓場まで秘密をもっていくし
聞かせても傷つけるだけの話は絶対に聞かせない。
それが愛情であり、人としての倫理だと思う。
70を超えた母にそれを諭す術を知らないが
悪夢で浅い眠りをくり返すとき、
母のささやきを思い出して心が引き裂かれそうになるとき、
私はいつも、【私の母は弱いひとなんだ】と、自分を納得させている。
いつか母に思いきり言い返してやりたいと思いながら
決定的に母を傷つけることはできずに、
こうしてこっそりと、ヘドロを吐き出すように、ここに記しておく。