父は愛妻家である。傍若無人な愛妻家である。
朝早く、けたたましく電話が鳴る。
私は持病のため、午前中は全身が痛くて
昼過ぎまで起き上がれないことが多い。
夫はすでに出勤して不在。
私が家の電話に出ることができずにいると
すかさず今度は枕元の携帯にかかってくる。
発信元は父の携帯電話だ。
午前中は電話に出られない、
緊急時以外はかけないで欲しい、
そう何度も伝えているが、
自分が最優先の父にそれは通じない。
何事か?という一瞬の心配と
いやまたきっと単なる父のわがまま電話だ
という思いが交錯する。
出たくないが、私が出なければ
あの父のことだ、夫や夫の会社にまで電話しかねない。
鉛のようになっている腕をあげ、
こわばる指を動かして電話をとると
途端、ワワワワーっと怒涛のように
父が大きな声でまくしたてる。
ガンッと頭痛が襲う。
(ああこれで今日は一日頭痛確定だ・・)
急に起きると心臓と頭痛に響くことも、伝えている。
しかし父はそんなことお構いなしだ。
父の電話の内容は要約するとこうだ。
いまゴルフ場に来てる。
今朝、お母さんが血圧が高かったので心配だ。
お父さんは今からプレーに出るので電話できない。
お前が代わりに様子を見に行ってくれ。
(なに?行けないだと?)
じゃあ何度か電話を入れればいいだろう!
とにかくお父さんは忙しいんだ。
これからプレーだ。切るからな。
もうお父さんは通じないからな。
お母さんをまかせたぞ!
最後のほうは、威圧的な命令口調になって
自分の言いたいことだけ言って一方的に切れる。
ゴルフのプレー前の電話、母の安否確認を
父から依頼されたのはこれが初めてではなかった。
やっぱり電話になんか出るんじゃなかった。
電話を切った私は全身の痛み、頭痛に加えて、
心臓もバクバクしてくる。
重い身体を引きずって、台所で水を飲み、
深呼吸をして、先ずは母に電話をする。
父から電話があった旨と、「大丈夫?」というセリフを添えて。
午後まで行けそうにないんだけど、と言うと
母は「だいじょーぶよお、お父さんも心配性ねえ」と笑う。
どう考えても私より元気そうだ。
父は愛妻家を気取ってる。
母の過保護過干渉な愛を甘受している。
二人で勝手にやってもらえないだろうか。
そんなに心配なら、自分で電話かけなよ。
そんなに心配なら、ゴルフなんてやめてそばにいなよ。
接待ゴルフでもあるまいし、近所の散歩友達とのゴルフでしょ?
定年後のヒマをもてあまして、安い平日料金を楽しんでいるだけでしょ?
・・もんもんとした思いをかかえながら
頭にドンと降りてきてしまった強い頭痛と吐き気がおさまらず
薬を飲んで私はもう一度よこになり、
今日という日がこれで一日ダメになってしまったことを悟る。
あのクソ親父、と憎々しい気持ちになる。
夕方、父の帰宅を待って電話を入れた。
お願いだから今回のようなことは最後にしてほしいと。
お母さんが心配なのはわかるが、
父の電話のおかげで私の身体がめちゃくちゃだ。
父は一瞬でまた怒り狂った。
「うるさい!どうしてお前はいつも自分のことばっかりなんだ!
お父さんが出来ないからお前に頼んでいるんだろーが。
家まで行くのが無理なら電話だけでもいいって言っただろう!
お母さんに電話をかけて無事を確認するぐらい、どってことないじゃないか!」
痛みにたえながら横になっている時間を無理に起こされて
頭と心臓に爆弾もらって寿命縮めて、
それでも要求を聞いたうえで次回はやめてほしいと頼んでいるのに
父はなぜまだ怒り続けているんだろう。
もういやだ。 堪忍袋の緒がきれた。
「じゃあ、次からはメグに電話してよ。
お父さんのかわりにお母さんに電話をかけるだけなら
私じゃなくたっていいでしょ?」と言い返した。
私の抵抗を聞くなり、父は更にヒートアップした大声で
「お前が長女だからかけてるんだ!お前が
近くにいるからかけてるんだ!
メグじゃ、遠くて様子見に行けないだろう!」
と叫ぶ。大興奮状態だ。
え?何言ってるの? 言ってること辻褄あわないよ?
「お父さんさっき、わざわざ見に行けっていってるんじゃない。
電話かけてくれって言っただけだ、てそう言ったよね。
メグじゃ見に行けないから私にやらせたっていうなら
やっぱりお父さんは直接見に行かせたかったってことになるよね?
横柄な父のその矛盾をつくと、
「どーしてお前はそう文句ばかり言うんだ!
お母さんが心配じゃないのか?お前の母さんだぞ。
えらそうなことばかり言ってるんじゃない!」
と話をすり替える。
ああ、なぜこういつも不毛なやりとりになるんだろう。
この蚊帳の外にいる妹が恨めしい。
お父さんは、あの朝の電話が引き金になって
もしそのまま私が亡くなっても平気なの?
心臓がビクン!となったんだよ。
あのあと私だって大変だったんだよ。
あのときドーンときた頭痛がまだ鈍痛で残ってるよ。
どうしていつも自分の都合ばかりなの?
父は結局礼を言うのも忘れたまま、まだ何かワーワー言ってたが
私は嫌というほど思い知らされた。
ゴルフ>母が心配>娘の病気
父の中の順列が。
父はいつだってそうだったっけ。
瞬間沸騰した父をなだめる術はない。
本人が勝手に鎮静化するのを待つ以外になかった。
私はその日から、父の携帯電話を着信拒否した。