昌慶宮は、ソウル市にある李氏朝鮮時代の宮殿である。
文禄の役(1592年)において、国王の先祖が漢陽から逃亡すると、豊臣秀吉軍の入城を前に朝鮮の民衆によって略奪と放火の対象となり景福宮や昌徳宮などと共に建物の多くが焼失した。
1909年、日本が純宗の心を慰めるとして昌慶宮の宮門や塀を壊して動物園と植物園を造り一般人も観覧できるようになり、1911年には博物館を建て、昌慶苑に改名した。
1984年、動物園などをソウル郊外のソウル大公園へ移転させ、昌慶宮を復元・整備し、再び名前を元来の昌慶宮に戻した。大韓民国の史跡第123号に指定されている。
世宗元年(1419年)に建築され、最初の名前は寿康宮と言ったが、1483年に修繕された後、現在の名前である昌慶宮に変えられた。南側には宗廟、西側には昌徳宮が隣接している。
