こんばんは。

歴史大好き、酒井茂です。


参勤交代(さんきんこうたい)という言葉を聞いたことがあると思いますが、どのような制度だったのでしょうか?


ウィキぺディアで調べてみました。

参勤交代とは各藩の大名を定期的に江戸に出仕させる事により、各藩に財政的負担を掛けると共に人質をも取る為の江戸幕府の制度である。この制度により各藩は徳川家に反旗を翻す事が非常に難しくなり、徳川家が15代に渡る繁栄を築く要因となった。参勤は一定期間主君(この場合は将軍)のもとに出仕すること、交代は暇を与えられて領地に帰り政務を執ることを意味する。


参勤交代



大名(お殿様)だけではなく、家来を引き連れて往来するため街道や宿場が整備され、経済的な効果があったようです。


大大名ともなれば、格式や威光を示すために大名行列の人数も大量になりますが、巨額の出費が必要になります。
人数が増えれば、1日逗留が伸びるだけで大きな影響がでますね!


他にも江戸文化を全国に広める効果や、単身赴任の家臣により遊郭が繁栄するなどの効果もあったようです。


藩としては大変だったかも知れませんが、良い点もある制度でした。





こんばんは。

歴史大好き、酒井茂です。



東京都中央区銀座。

言わずと知れた日本を代表する繁華街です。

銀座


夜の銀座に行きてぇな~!



それはさておき、徳川幕府が普請した江戸の町には「金座」があったのをご存知でしょうか?

金座というのは金貨(小判)を鋳造したり、鑑定・検印を行っていたところで、現在の東京都中央区の日本銀行付近にあったそうです。

小判


銀座は銀貨の鋳造などが行われていたところであり、そのまま地名として残りました。

明治、大正と時は移り、昭和の大戦を経て現在のような銀座が形成されていきますが、当時は日本橋や京橋の方が賑わってようです。





こんばんは。

歴史大好き、酒井茂です。


今年も八月十五日が近づいてきました。

八月十五日を終戦記念日と認識している方も多いと思いますが、記念日という定めはなく、日本政府は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」としているようです。

そもそも、終戦の日がいつなのか?というのが曖昧で、ポツダム宣言を受諾して連合国側に通告したのが、前日の八月十四日です。

日本政府がポツダム宣言の降伏文章に調印した日が九月二日。
アメリカ合衆国、イギリス、フランス、カナダ、ロシアでは、九月二日を対日勝戦記念日と呼んでいます。

国際法上、日本の戦争状態が終結した「サンフランシスコ平和条約」が締結された日が7年後の1952年の四月二十八日です。



さて、八月十五日はいったい何があった日でしょうか・・・・?

そうです。

昭和天皇により、国民に日本の降伏を伝えられた「玉音放送」があった日です。

十五日の正午に放送が開始されたようですが、甲子園で開催されている高校野球も正午になると試合を止めて黙祷をささげます。

六十七年前の八月十五日に先人がどのような気持ちで「玉音放送」聞いたのか?少し考えて見ましょう。