就活を始めた頃から広告会社がカッコいいという思いがあって、印刷、広告会社の採用を受けていた。自分が思う広告会社は、コピーライトとか、ポスターのデザイン、印刷くらいしか想像出来なかったが、それがクリエイティブな仕事だと考えていた。クリエイティブな仕事に就くことがカッコいいと思っていたし、目標であった。周りは製造メーカーや銀行とかを希望する人たちだったので自分はちょっと違うところを目指すことで目立ちたかった。絵を描くのが得意だったので、自分に合う業種だと周りに言われるのも嬉しかった。

文系だったので営業職しか応募出来る職種は無いと思い営業職で受けた。正直2〜3社しか受けてない。
電通や博報堂なんかもエントリーはしたが、書類で不採用だった記憶がある。説明会もよくバックれた。
当時は面接がとても恐ろしく感じていた。
というか何か履き違えて目立たなきゃいけないという思いから、カッコつけた言い回しばかりしていた。質問されると何かを悟ったような、上から目線のような、生意気ぶったことを言っていた。とにかくコミュニケーション能力が高いことをひたすらアピールして、具体例を問われると的外れな内容だったりした。
何を聞かれるのか考えると緊張するので、よく酒を飲んで面接や説明会に行っていた。群馬から都内まで2時くらいかかるので途中で酔いが醒めて結局はシラフで緊張しながら面接を受けた。
根がカッコつけで、周りからダサいと思われたり、何かに失敗して落ち込んでる姿を見られたりするのが1番嫌だった。ごめんね、ありがとうが素直に言える性格ではなかった。たまに言わなければいけないときでも、ふざけて何かを演じながらしか言えなかった。
そういう性格なので、面接のときも質問に対して素直に、率直に物を言うことが出来なかったし、そういう人物だと面接官にも思われていたと思う。
結局年が明けても内定は決まらず、単位も足りてなくて卒業もギリギリの状態だった。母親から、大丈夫かと怒り口調で電話があった。心配になって福岡から群馬のアパートまでやってきた。
日光に二人で電車に乗って観光に行った。東照宮の入館料2,000円が高いと思って入らずに蕎麦を食べて帰った。母親が来たときどういう心情だったかわからないが何故か泣きそうになった。卒論の内容を相談したりして勉強をしていることをアピールした。
親の心配を他所に、就職も卒業も決まっていないなか卒業旅行に行くことは決まっていた。
前金で金が無かったが親に言うと絶対怒られると思ったので友人に立て替えしてもらった記憶がある。行き先はバリ島。

2月に内定をもらった。
2個上の大学の先輩が勤める広告印刷会社のSという会社である。
5月頃にも営業職として受けたがその時は不採用だった。印刷現場を移転し、新しい印刷機も導入するとのことで、印刷機オペレーターとしての募集だった。募集にあった広告ページの魅せ方が良かった。色を操る職人技、みたいな仕事内容の説明で、現場もキレイでお洒落な感じがした。さすが広告会社で魅せ方が上手いと関心した。カッコつけたい自分にとっては非常に魅力的だった。もちろん入社を決めた。
親に報告すると、営業なんかよりそういう仕事の方が向いていると言われた。そう言われると営業で成果を上げてみたい気持ちにもなった。

なんとか単位も間に合って卒業出来ることとなった。
卒業旅行、卒業式が終わり、入社まで1週間となった時に社会人になることが怖くなってきた。いよいよ定年まで働きづくめの人生が始まると思うと憂鬱になったし、そもそも自分が社会に出てやっていけるのか心配にもなった。元々がビビり体質なので入学とかの節目節目では変な勘繰りを起こすことが良くあった。