旅立ちの日
よいGWを過ごせましたでしょうか?どうもこんにちは大輔の飼い主です。
2014年(平成26年)5月4日(日)午後12時少し前
大輔は亡くなりました。
猫年15年、人間でいうと約76歳でした。
最近寝てばかりで、食欲も落ちたと母から聞いていました。
それでも私が大輔のところを訪ねると、いつも通りシッポを立ててご機嫌によってきます。
いつものようにおやつをねだり、いつものように甘噛みをしてきました。
5月に入って、大輔が夜痙攣を起こしたと聞きました。
夜中、母に対して鳴いたり甘噛みしてきたり、異常行動があったといいます。
ヨタヨタ歩いてきて、突然失禁したり、ヨダレを垂らして痙攣していたそうです。
それでも昼間はまだいつも通りだったようです。
5月4日、母から借りたいものがあって実家へ向かったところ、母が血相をかえて私を招きいれました。
すると、廊下で大輔が暴れていました。
失禁し、脱糞もしてしまったそうです。
背中からシッポまでの毛が逆立ち、口からヨダレを出して行ったり来たり走り回っていました。
私たち人間には見えない、大輔だけに見える悪魔に怯えているような唸り声をあげて。
視点の定まらない目はよくよく見ると、昼間なのに瞳孔が開いているのがわかりました。
暴れているうちに、壁にぶつかったのか、自らの歯で口の中を切ったのか、血の混じったヨダレを垂らしだしました。
母は近所の動物病院に行って医者を連れてくると言って、大急ぎで出かけました。
今大輔に手をだせば、私が噛まれて怪我をするだろう。
なすすべもなくただ見守って、泣いてばかりの私。
間もなく、大輔は1か所でウーウー唸りながらクルクル周りだしました。
痙攣も伴っていました。
床にパタリと横になって走り回らなくなったところで、大輔をそっとタオルでくるみました。
唸りながらも抵抗してこないので、そっと抱きかかえました。
抱きかかえて、その足で動物病院へ行きました。
母は入れ替わりで帰ってきて、午前中なら病院やってるよと教えてくれました。
病院につくと、医者には大輔の様子が伝わっていました。
先生は「てんかんの薬を足に筋肉注射するから」と用意してくれました。
その間、タオルの間から見える大輔の瞳のかわいいこと。
病院に連れていくと様子を察知して暴れるので、ちょっと顔を覗いてすぐタオルで顔を覆いました。
筋注後、10分ほどで落ち着いてくるからと言われました。
しかし、ものの1、2分で大輔の痙攣がおさまりました。
先生に動きがおさまったことを伝えると、診察台にのせてみました。
心臓が止まっていました。
大輔は私の腕の中で亡くなりました。
最期は目が真ん丸で、穏やかな顔になっていました。
大輔には感謝の言葉しかありません。
大輔のおかげで心が癒され、穏やかに過ごせたのですから。
15年間は思い出がいっぱいありすぎて、ここの文章を書きながらも涙が止まりません。
大輔、ありがとう!
2014年(平成26年)5月4日(日)午後12時少し前
大輔は亡くなりました。
猫年15年、人間でいうと約76歳でした。
最近寝てばかりで、食欲も落ちたと母から聞いていました。
それでも私が大輔のところを訪ねると、いつも通りシッポを立ててご機嫌によってきます。
いつものようにおやつをねだり、いつものように甘噛みをしてきました。
5月に入って、大輔が夜痙攣を起こしたと聞きました。
夜中、母に対して鳴いたり甘噛みしてきたり、異常行動があったといいます。
ヨタヨタ歩いてきて、突然失禁したり、ヨダレを垂らして痙攣していたそうです。
それでも昼間はまだいつも通りだったようです。
5月4日、母から借りたいものがあって実家へ向かったところ、母が血相をかえて私を招きいれました。
すると、廊下で大輔が暴れていました。
失禁し、脱糞もしてしまったそうです。
背中からシッポまでの毛が逆立ち、口からヨダレを出して行ったり来たり走り回っていました。
私たち人間には見えない、大輔だけに見える悪魔に怯えているような唸り声をあげて。
視点の定まらない目はよくよく見ると、昼間なのに瞳孔が開いているのがわかりました。
暴れているうちに、壁にぶつかったのか、自らの歯で口の中を切ったのか、血の混じったヨダレを垂らしだしました。
母は近所の動物病院に行って医者を連れてくると言って、大急ぎで出かけました。
今大輔に手をだせば、私が噛まれて怪我をするだろう。
なすすべもなくただ見守って、泣いてばかりの私。
間もなく、大輔は1か所でウーウー唸りながらクルクル周りだしました。
痙攣も伴っていました。
床にパタリと横になって走り回らなくなったところで、大輔をそっとタオルでくるみました。
唸りながらも抵抗してこないので、そっと抱きかかえました。
抱きかかえて、その足で動物病院へ行きました。
母は入れ替わりで帰ってきて、午前中なら病院やってるよと教えてくれました。
病院につくと、医者には大輔の様子が伝わっていました。
先生は「てんかんの薬を足に筋肉注射するから」と用意してくれました。
その間、タオルの間から見える大輔の瞳のかわいいこと。
病院に連れていくと様子を察知して暴れるので、ちょっと顔を覗いてすぐタオルで顔を覆いました。
筋注後、10分ほどで落ち着いてくるからと言われました。
しかし、ものの1、2分で大輔の痙攣がおさまりました。
先生に動きがおさまったことを伝えると、診察台にのせてみました。
心臓が止まっていました。
大輔は私の腕の中で亡くなりました。
最期は目が真ん丸で、穏やかな顔になっていました。
大輔には感謝の言葉しかありません。
大輔のおかげで心が癒され、穏やかに過ごせたのですから。
15年間は思い出がいっぱいありすぎて、ここの文章を書きながらも涙が止まりません。
大輔、ありがとう!