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清静放下

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浅瀬で砂をすくっては

水にゆさぶり

またすくう

既に月影が身を覆っていた

妻が倒れ、薬は値が張った

寝たきりの妻は次第に弱ってゆく

男は畑の野良仕事を辞め、砂金取りになった

砂金など、簡単に採れる物ではない

必要なのは

根気と忍耐

楽して稼げはしない

重労働だった

ある日寝たきりの妻は

離婚したい

と言った

男はそれを許さなかった

妻の男に対する愛情が骨身に染みて理解出来たから

家に帰れば寝たきりの妻を看病した

お願いだから休んでちょうだい

毎日、寝る間も惜しむようにして仕事と看病をする男に妻は懇願するように言った

私のせいであなたまで倒れてしまうわ

そんな時だけ、男は申し訳程度に休む

妻の心配を軽くする為だった

しかし実質

男は生活を変えなかった

変えようがなかったのだ

妻に対する深い想いやりの心が

男の身体を勝手に動かしているかのように

男自身にもどうにもならなかったし

どうにかしようとも思わなかった

そんなある日

男は新顔の一人から

薬作りの達人がいる

と言う話を聞いた

治せない病気はないと言う

どこにいるのかと聴くと、各地を転々としていてわからないとの事だった

しかし

作られた薬は山奥に住む老婆が少し持っているらしい

男は妻が倒れてから初めて仕事を休んだ

新顔に教えられた通りに行くと確かに小屋がある

まるで男の訪れを予期していたかなように

小屋の戸口に人が立っていた

ほんの一瞬

男のあの新顔の姿を見たように錯覚したが

そこに居たのは

若く美しい娘だった

聴けば婆さんは留守らしい

男が袋に入った砂金の粒を見せて、薬を売って欲しいと言うと

娘は男の眼をのぞき込んでこう言った

「それはいらないからあなたの目玉をちょうだい。そしたら薬をあげる」

男は一瞬の躊躇いもなく指を突っ込み、娘に2つの目玉を差し出した

光の届かぬ闇の中で、男は声を聞いた

『薬をあげよう。万病を打ち消す秘奥の薬を。そしてあなたはこの薬を飲むといい。試して悪かった』

闇の中で聞こえたのは老人の声だった

渡されたビンの薬を一口飲むと、たちまち新しい目玉が生まれてくるのがわかる

闇の中で声を聞いた

『愛を知る者よ

その薬はあなたに差し上げよう

これは人の身に生じたあらゆる傷と、あらゆる病を完全に治しきる神域の秘薬

副作用は無く、1滴からでも効果を発輝する

しかし誰にも言わない事をお奨めする

その薬は砂金で造った黄金の城よりも、遥かに価値がある薬なのだ』

男は少し恐くなった

しかし

こんな素晴らしい奇跡を授かって

一体何が恐ろしいのか

男自身にはわからなかったが





あるはずのないもの

身の丈を遥かに超えた

神の如き力

これが何の前触れも無く、今、突然手の内に在る

と云う事実が、男の中に畏怖の念を生んだのだ

もっと言えば

この薬は

簡単に人の心を狂わしてしまう

人の世に知られれば必ず

この薬を巡って多くの血が流れるだろう

と云う事を男は

理性ではなく、魂で感じ取って本能的に恐れたのだった




ほどなくして

瞼の奥に光を感じ

男が新しい眼を、そっと開いてみると

そこには誰も居なかった

まるで何事も無かったかのように

掌に握られたビンの中の美しい液体が、光を受けて静かに揺らめいている

男は山を降りたが薬の事は妻にも一切言わなかった

薬は妻の寝ている間に口移しで与え

その夜の内にビンを庭に埋めると

次の日、その上に美しい花を咲かせる苗木を植えた

そして男は

静かで穏やかな、愛情に満ちた一生を妻と共に過ごした