木刀素振り800
転回300
基本動作 各50
ヒンズースクワット100
四股500
腕立て100×2
ソの字立ちルルべ 左右100ずつ
腕支えL字腹筋 計60秒
V字から落として寸止め腹筋25
逆立ちのポーズ
受け身
胴体力
無舞
休みなので素振りを多くやった
無舞は俺の造語である
気功で言えば自動動功に近いが
要するに聴いている音楽で感じたままに動くだけだ
今日は休憩挟みながら2時間位はやっていただろうか
好きなだけやるだけなので時間など気にした事がない
正しい姿勢
動きの細分化
内面への洞察
俺の速度はこれによって養われた
今日はリズムにリズムを乗せてみた
音楽のリズムに合わせて
心身のリズム
短い単位のバイオリズムとでも言えばよいのだろうか
兎に角それを合わせるのを試してみた
悪くないと思う
心を置き去りにしない事。
ふと、生まれた言葉だが
確かに、俺は身体の動きばかり追っているような所がある
目付け
今まで視線がどうのと言うのはあまり重要ではないと思っていたが、とんでもない間違いであった
これ1つで全然違う
目付けは身法であると同時に心法でもあるのではないか
目付けを行うと心も客観性を帯びるように感じられる
素振り
腰から発する動きを伝えて振るように
俺は首筋を立てる意識が弱い
うなじを固定するように
常に意識しておかなければならない
拇指球は大地に食い込む
また
拇指球と踵
つまり土踏まずでスキーで言えばエッジを効かせるように
まだ日常生活に置いても意識している基本は幾つかある
武道なんか何の役にも立たないが
まぁ健康には良い
なんて、言う必要も無いのだ
何かを好きである事に理由は必要ない
俺にとって合気道は検証法なのだ
技とは詰まる所
人間同士の間に起こる現象に過ぎない
俺はただ
現象の本質を求めている
合気道でなくても良かったけれど
通える条件は近くの合気道場しか合わなかったから
これも何かの縁なのかもしれない
まぁ
やるからには、自分の知り得る最高を目指さなくてはいけない
でなければ
少なくとも俺は面白いとは思わないし最初から入りもしない
しかし
合気道をする目的は人それぞれだから
それはそれで良い
俺は俺のやり方で楽しむべきだろう
柔らかい月輪の輝きが地を照らす
動き出してしまえば
凍えるような寒さも忽ち気にならなくなった
ただ感じるままに
ただ動く
そうして無為が深まると
不意に
感動すら覚える瞬間がある
そういうのを特別な感覚と思い、求めるような気持ちが過去にはあったが
今は無い
訪れたなら
訪れたままに
去ったなら
それを追わず
ただ感じたままに、動き続ける
澄んだ夜空が心を洗う
ありがとう
今日も良い稽古でした
誰に向けるともなく
感じたままに、想いが生まれた