私が大学生の時、とにかくテレビに出て有名になりたいという願望が強くあり、願望だけでは抑えきれずその当時の笑っていいともに出てしまいました。

実家に出演した時の録画したものがあるので見つかりましたらここで動画をUPしたいと思います。(UP する程のものではないですが・・)
その当時「勝ち抜き君こそ日本一」という素人が一発芸を披露し勝ち抜きしていくというコーナーがあり、迷いがありましたが友人と出よう、そしてハプニングを起こして有名になろうと意見が一致し当日アルタ前に並びオーディションを受けました。オーディションは難なく合格しました。自分達の芸の内容は体を回して何回も回転させ、三半規管をおかしくし、そのまま瓦割りをするというものでした。また気持ち悪いキャラを服装と雰囲気で作りました。
司会は森脇健児と奥山佳恵、審査員はタモリ、関根勤、鶴瓶でした。
自分達は、森脇健児が司会なら自分達が主導権を握れると思い、あるハプニングを起こしてしまおう(犯罪とかではないのでご心配無く)と計画しておりました。

リハーサルでは、タモリさんが工藤兄弟に肩を揉ませて客席からステージの様子を見ていました。その時、ステージ狭いとおもいました。
いよいよ生放送本番、テレホンショッキングが終わりゲストの山川豊が自分達の横を通りすぎ、コーナーが始まりました。三番手くらいで出場しました。いざ芸を始めてあるハプニングを起こそうとしましたが計算ミス(ステージが思ったよりも狭い)で上手くできず、普通に芸をしてしまいました。痛恨のミスです。
しかし他の出演した素人の人達を勝ち抜きその週のチャンピオンになり翌週もチャンピオンとして無条件で出れるようになりました。
ハプニングは起こさなかったけれど自分の演じた気持ち悪いキャラを関根さんが気に入ってくれたので満足しましたが、これでは一気に有名になるには程遠い道のりです。
取りあえず来週出演のネタを考える事となりました。
どのようなハプニングを起こそうとしたのかはここで言う事が出来ませんが、今でもその時のチャンスを失敗してものに出来なかった事を後悔しております。
今ではいいともが無くなってしまい寂しい限りです。

いいともに出る数日前、浅ヤン出演時、ナイナイを知らなかった相方と

前回はテレビ東京の浅草橋ヤング洋品店でナインティナインに格の違いを見せ付けられたお話しをしましたが、今回もまたテレビ東京の浅草橋ヤング洋品店出演での冷や汗をかいたお話しです。

ロケを仕切るのは浅草キッドの二人、内容は今は亡き城南電機の宮路社長が良いものであれば何でも買い取るから素人の皆さん価値ある物を宮路社長の所に持ってきて下さい という内容でした。

私のその当時の相方とロケに行こうと言う事になり、やはりなんとか目立ちたい、笑わせたいの一心で、棺桶形のタンスを手作りで作りました。
見た目は棺桶、棺桶を使う時までは洋服とかを収納できるという優れ物で、ちょっと悪ふざけが過ぎるかなと思いましたが、宮路社長なら冗談が通用しそうだし、浅草キッドが何とかしてくれると思いながらロケ地である城南電機に向かいました。
本格的な大きさの棺桶形タンスだったので電車で運び、まわりの乗客がびっくりしていました。
ロケ地に着いたら皆さんギターとか絵とか、当たり障りの無いものを持ってきていたのでやはりウケ狙いの自分達は目立ちました。
そこに浅草キッドが登場し、ロケ前でしたが自分達に近づいて来ました。
玉ちゃんが「これ(棺桶)作ったの?面白いね」とか色々と気さくに話しかけてくれました。博士はピリピリ感が出ていて自分達の作った棺桶の上に座ってしまいとても話し掛ける事が出来なかったです。
そして一人一人宮路社長の部屋に入っていきロケスタートです。
何故か自分達は最後にさせられました。
いよいよ自分達の番、社長部屋に入り中にいる宮路社長に棺桶形タンスの説明をして売り込みました。浅草キッドの二人は事前に知っていたので面白くしてくれましたが何と宮路社長が怒ってしまいました。
冗談としては受け取ってもらえなかったのです。
そのまま部屋から出され、外でしばらく呆然としていたらスタッフの人から何故か社長室に入るように言われ、また怒られる覚悟で中に入りましたがそこにはにこやかな宮路社長がいました。
宮路社長、自分達の三人で15分程お話しをしました。何を話したのかは覚えておりませんが、宮路社長の笑顔が印象に残ってます。最後に無礼を詫びましたが、全然大丈夫だよというような事を言われたと思います。
宮路社長も許してくれたし、浅草キッドも面白くしてくれたし、OAを楽しみにしてましたが・・・見事にバッサリカットになってました。
しかし今、考えると当時良くそんな事をしたなと自分の事ながらびっくりします。棺桶形タンスは今でも相方の家でタンスとして使っているのであと3、40年後に是非とも使って欲しいと思います。

二十数年前の話になりますが、自分が素人参加テレビ番組に出た時の話になります。
格の違いを思い知らされた時がありました。

当時テレビ東京で、ルー大柴司会、テリー伊藤演出の浅草橋ヤング洋品店という「浅ヤン」と言われる番組があり、川崎でロケをするので、ファッションに自信のある人は集まって下さいという告知がありました。当日私の相方と行く事を決め、目立ちたいのと笑いを取りたいのとで、母親が着ていたダサいジャケットに下はケミカルウォッシュのジーンズを履いて、敢えて真面目にオシャレできめてきている人達の中で目立つ作戦で行きました。
ロケを待っている間、確かにそこではオシャレさんばかりで目立ちましたが、そこに司会にやって来たのはこれから売れる直前のナインティナインでした。自分はこれはまずい、大物が来てしまった。何かいじられたら絶対に笑いで勝てないと思いましたが時既に遅しで、ナインティナインの二人はオシャレ素人にマイクを向けてコメントを取りながら、明らかに受け狙いの素人の自分達と目が合いました。
気付いたら矢部が私にマイクを向け、岡村にもお題的な質問をされましたが面白い返しが出来るわけでもなく気付いたら相方が矢部に突っ込まれ頭を叩かれていました。本当に何も出来ず格の違いを見せつけられました。しかし自分の相方は何故か堂々としていました。
ロケが終わり、自分の相方に「ナインティナインには勝てないよ。格が違いすぎる」といいましたが相方は「ナインティナインっていうんだ、あの人達」と言われ唖然としました。
その後、ナイナイは死ぬほど出世して行きました。
二十代から今現在まで乗っていた車です。

一番最初はシルビアでした。

初代
いま見ると古さを感じます。その当時は流行っていましたよ。
ここから迷走して行きます。


二代目
レパードという車で車高を落としてホイールを変えていました。
自分はヤンキーではなかったのですが、車の趣味だけは何故かヤン車が好きでした。
ここからもっと怪しい方向に向かいます。


三代目
シーマです。色はこの写真と違いあずき色でした。

次はもっと怪しいです。

四代目
またシーマです。この写真は自分が乗っていた現物です。この後の新型がなかなか出なかったので、しばらく乗っておりました。

次は少し普通になりました。

五代目(現在)
マークXです。

今はマークXと会社支給の車の両方を乗っておりますが会社支給の車はファミリーカーなので煽られる事が多々あります。ヤン車やマークXの時はまず煽られません。
会社支給のファミリーカーを運転中に煽られるのが嫌だったのでハッチバックの後ろの車から見える位置に練習用のキックボクシングのグローブとミットを見えるように置くと不思議と全く煽られなくなります。(夜は別ですが)
はっきりと差がでるので面白いです。




仕事では何故か横浜に行く機会がとても多く、行く度に写真を撮ってしまいますよ。

コスモワールド

ベイクウォーター

ランドマークタワー・クイーンズスクエア

今日も横浜に行きましたよ。