中東勤務中ダイダイ51歳です
これ勝手に僕が思った事ですが
葬儀、初七日って 残された者の為なんじゃ?
生きろ! 生き続けろ! てな具合にね
インドネシアでイスラム教徒の妻
お父さんが亡くなり、当然凹んでる
肺炎で緊急入院した義父
糖尿病、腎臓病などを患っていた
病院に着くなりICUへ
そして妻は人工呼吸器装着承諾に署名を求められた
当然、助けたい一心の妻は署名した
この時、義父はまだ話せていたらしい
人工呼吸器装着後、しばらくして
義父は意識不明となり その後、死亡判断が出た
妻は自分が署名したばかりに父を殺してしまったのではないかと、悩みだした
仮に、人工呼吸器装着承諾に署名せず 亡くなった場合、何故、助ける為に最大限の努力をしなかったのか? 署名をしなかったのかと 悩んだはずだ
おそらく もっと悩んだはず
だけど、そんな風に割り切れないのが親族の死
僕の弟がバイク事故で亡くなったのは、14年も前のこと。
僕は丁度この船で勤務していた
職務上、交代者無くして下船は許されず
そのまま、更に3週間勤務して帰国した
当時、いくら早く交代者が手配できても3日後くらいにしか帰国出来ない だから仕方がない と夜な夜な泣きながら勤務した
学校に通っている時に旧寮歌なんかを酒盛りの度に歌っていた
その歌の一つに
畳のうえでは死ねない
親の死に立ち会えないと言う一節がある
あの歌は、いわゆる洗脳と覚悟を持たせる為の歌だったんだなと 弟の死後になって思った
だから、弟の葬儀に出れないのも 当たり前 仕方がないと頭では分かっていた
しかし、14年経った今でも、弟が亡くなった当時の兄の心の底から出てきたような言葉を思う度に涙が止まらない
人はそう簡単に、割り切れないし、悲しみを乗り越えられない
だから、妻の気持ちは痛いほど分かる
悩む妻をよそに僕は今日もただただ仕事する
妻からのメッセージに今日から3日間
訪問者にために、食事を準備しなければならないとあった。
辛く悲しい時に親族を忙しくさせる
昔の僕は無駄だよな〜と思っていたが
今はこう感じている
辛く悲しい時にこそ、強制的に動く動機づけ
これが葬儀や、初七日なんじゃ無いのかと
実際、バタバタして悲しみにくれてる時間はあまりない。 それが過ぎて、ようやく死を実感する時間が出来るのでは無いのかと
夜になり 眠りにつく時 思い出す
後悔の念
何故 口論になった折、あんな酷い事を言ってしまったのか
何故 署名をしてしまったのか
妻は 一人この思いにとらわれている
そして、妻はこれから少なくとも数年悩み続けるだろうし、忘れることもない
大切な父を亡くした妻をそばで支えられなかった私を多分 恨むようになる気もする
義父が建てていた 簡易アパートを完成させることが 僕にとって義父の供養になると思っている。
安らかに眠ってください🙏と遠く離れた海上で僕は祈りを捧げている。
妻には、一生言う事はないが、人工呼吸器を食道に誤挿管したのでは? と僕は思っている。
確認する術もないし、妻を追い込むだけだから、人工呼吸器装着は救命に必要な医療行為でしかないと、伝えるにとどめた。
インドネシアでの命は、本当に軽いし安い