ただひたすらに、真っすぐ進んでみよう
と思った。
いつも何気なく通っている道で
ふとふりかえった時に、
道があまりにも真っすぐなのに気付いたからだ。
幾度となく通った道が、
こんなに真っすぐだったなんて
知らなかった。
なにかこう、
忘れていた誕生日に
いきなりプレゼントをもらったような
そんな驚きと喜びに包まれた。



でも
道なりに、ではなく
ただひたすら真っすぐに進もう、
そう決めたのは失敗だったかもしれない。
真っすぐ真っすぐ進んでいたら、
道はわからないくらいに
右にまがっていたのに気付いた私。
とりあえず、
道路沿いの建物を粉砕しながら
私は進む。
進み続ける。



川を越えた。
たんぼも通った。
畑を横切った。
素敵なデザインの建物の真ん中を
ぶちぬいて進んだ。
邪魔な車も壊した。
人は吹っ飛ばした。
木々を薙ぎ倒した。
花はなるべく踏まないように気を付けた。

こんなことをしている私を見た人は
アイツは、なんて意味のないことをしてるんだ、
と笑うかもしれない。
でも、意味はちゃんとある。
それは、ただ、真っすぐ進むこと。



他の人からすれば
無意味なようでも、
私にとっては意味がある。
きっと、
私が今やっている
私にとって意味のあることが、
他の人にとって
意味が足りないだけなんだ。
誰かにわかってもらう必要なんてない。
真っすぐ進むと決めたから、
私は真っすぐ進んでいる。
それ以上でも以下でもない。



山にぶつかった。
まっすぐ山を越えようとして
私はふと思う。
今まで、建物や木を破壊しながら進んできたけど、
土地の起伏とかあったら、
真に真っすぐとは
いえないのではないか。
地図とかで直線距離を出すときなどには
起伏は考えない。
ということは、アップダウンすると
真っすぐではない
ということになりはしないか。



私は考えに考えた末、
とりあえず目標を
海抜0メートルの高さで
ひたすら真っすぐ進む、
に修正した。
そうなれば、山はもちろん、
足元も掘って海抜0メートルにしなければならない。
これはなかなか大変だった。
道具も機械もないから
素手+人力。
真っすぐ進む際に
どこかでスコップかなんか見つけたら
ぜひ手に入れようと誓いつつ掘る。



目標修正のあとは
進むペースは遅くなったし
とても疲れるけれど、
真っすぐ進むためだと思えば
我慢ができる。
途中でたまたま
打ち棄てられた錆びたシャベルを手に入れたおかげで
効率は少しよくなった。



そのあともいくつか山を削った。
水道管やガス管は躊躇せずに切断した。
たまにぶつかる地下水脈や岩盤には苦労させられた。
掘っているときに
おそらく未発見の遺跡や
埋蔵金的なものも見つかった。
温泉なんかも出た。
だけど今は全てを無視する。
ただひたすらに
真っすぐ私は進み続ける。



もうどれくらい
進んできただろうか。
とうとう海に出た。
海抜0メートルという縛りを作った以上、
海の扱いは難しい。
海抜0メートルということは
満潮時と干潮時の水位のちょうど真ん中の高さ、
ということだ。
水が多すぎて潜り続ける分にはいいけれど、
水が少なすぎて
海抜0メートルに達していないとき
どうするかを考えなくてはいけない。
私は普通の人間。
さすがに浮かぶことはできないよ。



これは深刻な問題で、
考えてもなかなか結論が出なかった。
私は途方にくれながら
海を眺める。



まあ、少し休んだら、いい考えが浮かぶかもしれない。
たまには振り返ったり休んだりも大事。
進む途上で止まってはいけない、
なんて条件はつけなかったし。



満ち始めた海水面のせいで
腰までずぶ濡れだけど、
海から吹く風が心地よい。
今日は晴れているから、
水平線がよく見える。

おお。水平線が曲がって見える。
ああ、そうか。地球が丸いからか。


むっ。
ここで私は気づいた。
今までどのくらいの距離を
私は進んできたのだろう。
でも、それって、地球的、宇宙的な規模でみたなら
真の真っすぐ、とはいえないのではないだろうか。
地球は丸い。その表面に沿っていた私。
曲がっていた。私は曲がっていたのだ。



海抜0メートルの条件がある以上、
真っすぐに進むことはままならない。
二つの事象は共存し得ないからだ。
だから私は
海抜0メートルの条件を
思い切って破棄した。

その代わりに
ただ、ひたすら真っすぐ、をもっと厳密にしよう。
光線よりも真っ直ぐに。
光はブラックホールやら
重力レンズやらで曲がるけれど、
私はそこでも曲がらずに進もう。



悩みの種であった
私は人だから浮かべない、
ということ。
浮かべないからこそ
海を前に悩んでたちどまったわけだ。

でも、本当にそうだろうか?
私は浮かべないのだろうか?

浮かべないと感じる原因は何か。
やっぱり重力とかあるからだろうか。
そういや物理の教科書とかでは
いろんなものを無視する。
私も無視してみよう。重力を。
真っすぐ進むという意志を
重力より高めて進むんだ。
そうすれば、なんとかなるかもしれない。



ためしにやってみた。
踏み出した一歩は地球からの離脱。
私は浮いた。
あ、意外といけるもんだな。
やってみるもんだね、何事も。
よし、また真っすぐ進もう。



まっすぐ進んでいる今の私を見た人は
なんか、天への階段を上っているように
見えたりするのかもしれない。
しかし、私は上ってはいない。
あくまで、まっすぐ進んでいるだけだ。




私はこのまま
どこまで真っすぐ進むのだろう。
銀河を貫き、外宇宙を突っ切り、
行き着くところには何があるのだろう。
まるで予想がつかないが、
一つだけわかることは、
行き着いた場所に
なにがあろうとなかろうと
私はきっと真っすぐ進むのだろうな、
ということだ。