岸本さんは

ワカメを採って

暮らしている

という。



岸本さんの家から

海は遠い。

なのにどうして

ワカメで生計がたてられようか。

にわかに信じがたい。

それを告げると

岸本さんの顔が曇った。
やがてしばしの沈黙のあと

何かを決意したように

軽く頷くと

こう言った。

「…山ワカメを知っているかい?」



山ワカメ?

山にワカメが?



「そう。山ワカメだ。

 山に生える貴重なワカメで

 その味はこの世のものとは思えないくらい旨く、

 高値で取引される、

 と思う。」



思う?

採ってるんじゃないんですか?



「いや、採ったことはないんだ。」



む?話が見えないな。



「俺はそれを

 ずっと探し続けているんだ。

 何年も、いや、何十年も。」



なんか文献とか伝説とか

残っているんですか?



「いや、聞いたことない。

 でも、きっとあると思うんだ。

 それを探すために

 俺は山をいくつも買った。

 そこで採れる松茸やなんかを売って

 山ワカメを探すための資金をためているのさ。」



あ、別にそういった話があるわけじゃないんですね。



「だが、山ワカメはきっとある。

 きっと、きっとあるんだ。」



熱い熱い目だった。

彼の目の前には

きっと山ワカメが見えているに違いない。














それからしばらくして

農業新聞の隅っこに

「山でワカメ発見!

 地元の松茸農家、岸本さんが

 山でワカメを発見した。」

という記事が載った。



岸本さん、ついにやったなぁ。



残念ながら

山ワカメは

食用には向かず

かつて言っていたように

高値で取引されはしないということだが、

金ではないのだ。

ずっと探していた

山ワカメが見つかったことが

大切なのだ。



ある種の人間は

百円の価値の宝を探すために

千円かかるとしても

宝を探す。



宝が見つかったときの喜びが

千円をはるかに越える価値だからだ。



だから人は

宝を探すのだ。





岸本さんに久しぶりに連絡してみる。



山ワカメ、おめでとうございます。

でも、ちょっと残念でしたね。



「なーに言ってんの。

 そんなのもう古いよ。

 これからは山コンブだよ。

 山コンブは

 きっと、きっとあるんだ!」



近い将来、岸本さんは

山コンブを見つけるだろう。

彼ならやりとげると思う。

それが存在するなら、

の話だが。



でもやっぱり

山コンブも

食用にはむかない

のではなかろうか

とも思ったりする。