部屋の小物を片付けているときに
線香花火が出てきたのです。

その、線香花火は
私の記憶を刺激して
久方ぶりに
過去のある日へと
私をいざなってくれました。






「花火を見に行こうよ」
そう約束してたのに
花火当日、
二人とも抜けられないバイトが入っていた。

まぁ仕方ないよね。
いつもタイミングが悪いよね。
そんなことを言いあいながら
花火の次の日の昼に会う。

「そうだ、二人で二人だけの花火大会やろうよ!」
「いいね。いつやろうか?」
「今日!」
「今日?」

この日は雨が降っていて
花火などできるわけがない。

それなのに、ああそれなのに、それなのに。
買いに行ってしまったのだよ、
花火を。



買ってはみたものの、
外は大雨。
花火はできない。

「どうしても今日やりたい。いまやりたい。」
と駄々をこねられ。

「仕方ないなぁ。
 危ないから、じゃあ、線香花火だけね。」
そう答えた自分も
どうかしていた。



コンクリートだし、大丈夫だろ。
という思いから
ベランダへ出る。
花火をしに。
昼なのに。

ベランダに出てみたところ、
雨の勢いはバケツでもひっくり返したかのようにものすごく、
降り込んでくる、降り込んでくる。
ベランダにいても濡れる濡れる。



「じゃあ、家の中でやろう」
馬鹿なことをおっしゃいますな。
火災報知器とかあんだぞ。

あ、聞いちゃいねぇや。
もう火をつけようとしてやがる。
なんてバカなやつなんだ。
知ってたけど。
そこがいい、とかその頃は思っていたけれど。
まぁいいや。
これがこいつのペース。
始めに許可した時点で
お前のペース。



「おいおい、下にはなんか缶とか置けよ。
 教科書はともかく、ネタとか本が燃えるだろ」
「あ、そうか。じゃあ缶を持ってくる」
手ごろなシーチキンの缶を見つけて
嬉しそうに持ってくる彼女。

水は用意した。
あとは窓を開けときゃ大丈夫だろうよ。
窓を開けにいく。



「ゲホッ、ゴホッ!」
突然後ろから聞こえてくる激しい咳。
「どうした!?」
と言うと同時に振り向くと
ものすごい黒煙。
これがまたすごい臭い。
室内だから無理もない。
煙に巻かれて咳き込む二人。
火災報知器が反応しなかったのが不幸中の幸い。
いや、むしろ
こんな煙でも反応しない火災報知器の着いた家
に住んでいることは
幸いなどではなく
不幸なのではなかろうか。
煙の臭いに混じって微かに漂う、
シーチキンの油の焼けるにおいも哀しい。



線香花火。
いつも暗いところでやるから気にしたことはなかったけど、
煙がものすごく出るのだね。
そしてその煙はものすごく臭い。

「ゴホゴホ、ひどい煙。
 でも、きれいだったね」
「そうだね」と返しはしたけれど、
正直花火なんて見てなかったよ、全くと言っていいほど。
あの状況で花火を見てたのかお前は。
ちょっとすごいよ。



扇子や扇風機を使って
煙を外に出す。
すごい匂いがまだ漂っている。



「じ、じゃぁ、帰るわ」
ちょっと、このタイミングで帰るなよ、
せめて臭いがもっとなくなるまで手伝ってよ、
そう訴えたけど、
「電車の時間あるから。ごめんね」
といって彼女はいなくなった。逃げ出した。
いつもはそのスローさに定評のある彼女が、
「もう、次の電車でいいよぉ」が口癖の彼女が、
光のようなスピードで。



臭い部屋にひとり取り残され
途方にくれる。
いま、同居人は留守だ。
帰ってくるまでに何とかせねばならない。

何とか頑張って臭いを消そうとする。
だいぶ消えたかなぁ、という頃、
同居人が帰ってきた。

部屋に入るや否や、ただいまよりも先に
「うわ、何この臭い。」
まだ臭ってやがったか。
嗅覚の疲労を甘く見すぎていた。



まさか
部屋で花火をしたらさぁ、こうなってね。アハハ。
とは言えず。

落ち着け、落ち着け。

「ああ、ごめん。
 魚が猛烈に焦げてね。
 それはもう、猛烈に。」

「そうなの?」
「うん」
「何の魚?すごい臭いだよ」
「えっ?(しまった!)
 さ、さぁ。
 もらったやつだからさ。
 ほら、あんまり魚詳しくないし」
「へぇー。その人、釣りでもしてきたの」
「う、うん。らしいよ。」
「そう。こんな雨の中釣りかー。
 よく釣れたね。どこに行ったって?」
「(っっっ!!!!)し、知らない。聞かなかったよ」
「学部の友達?」
「(学部の友人なんか数が知れている。
  学部といえば辿られてばれる恐れがあるな。
  その可能性はつぶしておくが得策であろう)
 い、いや、専門学校の。」
「ああ、彼女関係のか。」
「(ホッ。)そうそう」
「釣り好きがいるんだねー。
 いつか話してみたいかも。
 今度紹介してよ」
「え?(な、なにぃー!!そうくるとは!!落ち着け、落ち着け)
 う、うん。わかった。言っとく。」
「魚は?」
「え?」
「焦がした魚は?」
「あ、あのー、(!!!ど、どうしよう…)
 …す、捨てたよ。」
「そっか。まだあるから臭うのかと思ったよ。一安心。」


全くもって、こっちが「一安心」だったよ。
いつもは寡黙な同居人が
この日はやたら迫ってきた。
釣り好きな同居人に対して
「魚」といったのがまずかった。
これが「肉」だったら
「へぇー。気をつけてね」
くらいで済んだだろうに。



当時の同居人K氏、
もう時効だと思うので今ここで言います。
あのときの臭いは、
焦がした魚なんかじゃなくて
線香花火
だったのです。
ごめんなさい。







線香花火を見るたびに思い出す。
あの、ものすごい臭いと
同居人とのうろたえたやり取りと
そして、今は隣にいないあの頃の彼女のことを。