13年前のあの時鮮明に覚えています。
震度5強を観測した県在住で
当時某パチンコ店の飲食店で働いていて
出勤時は風もなく晴れていたのに
店内はほとんどガラス窓なので
就業中外が暗くなったので
様子を見ていたら
急な突風と雨が降ってきて
本当にその直後ガタンと揺れ始め
私は何が起きているの?って
唖然として立ち尽くして動けないじゃなくて
動かなかった。
先輩さんが危ないからこっちに来な!
って叫び声が聞こえて
は!っとなってバックヤードに駆け込んで
振り返ると立っていた付近には
油が入ってるフライヤーと
熱湯が入った寸胴鍋があって
揺れでビシャンビシャンと床に飛び散っていた。
地震の後は風も雨も収まっていて
数分と短い時間だったけど長く感じた。
あの時の天候と地震は無関係に思えないのです。
何度も何度も繋がらないけど電話をかけて
どうにか繋がって家族の安否は確認できて
繰り返した地震で急遽営業中止で帰宅して
テレビの映像見て言葉が出なかった。
こんなの現実なわけないと思った。
東北がこんなことになっているなんて…
当時の恋人は地元を離れて
茨城県の港で仕事していて連絡とれたのは
22時過ぎていた。
港で津波にのまれかけたけどどうにか無事で
今そっちに向かってると言って
高速に乗って2時間半、下道でも4時間の所、
かかった時間は8時間でした。
起きてほしくないけど避けられない。
だから備えるしかないんだなと
倒壊、津波で犠牲になった人々や
私の家は家畜業をやっていた。
牛、馬、山羊などに愛着があるので
福島の原発事故で立ち入り禁止区域で
放置されてしまった動物達
可哀想で悲しくて胸が痛む。
当時も今もTV、YouTubeで映像を観て
何度も泣いてしまいます。
人間に飼われていた動物達は
飢えていくしかない。
とくに牛舎などにいる動物は。
連れ出せず何もできなかった
飼い主も相当辛かっただろう。
犠牲になってしまった
人間も動物も全ての生き物の皆さんが
生まれ変わって次はこんな目に遭わず
生きていける事を願います。
また、個人的ですが
人生の中で1番気持ちが弱っていて
しっかりしないといけないと
背中を押されました。
今年は友人が旅立って10年経つので
会いに行って怒ってもらおうと思います。
夢に出てきてくれたら嬉しいけど
そんな事は10年の間の最初の1年目だけだった。
目が覚めたら既に号泣してました。
亡くなった人に会いたいよね本当に。
写真は先週行った梅祭り会場の梅と歴史。
最初の大木様は樹齢は不明ですが
周りと比べるとかなり太いので長老様です。




