姑は何でも自分では決めない人だった。
何でも人のせい。
兄一家を見送りに行ったら、

しまさんは良いね。私はそんなことしたくても出来なかった。

それを話して聞かせる旦那も愚かだけど。

仕事の中で人に信頼されていく旦那を
一人で大きくなったような顔をして

。。。。。。。。

ついていけません。

子どもの成長を喜ぶのではなく、
自分の老後のための貯金とでも思っていたのでしょう。

何でも羨ましがって自分が可哀想だと言って欲しがる人で
見ていて不思議だったのが
子どもや私がきつい思いをしていると異様にげんきになるのに
順調で笑顔で過ごしていると不機嫌になるんです。

旦那が言うことには

人のせいにすれば楽だからずっとそうやって生きてきているし、
人が不幸せだと嬉しいみたいな所があるからなあ


仏壇の写真見て、ああ、まだ未だに苦手なんだわ私と思う。

何だろうな
花を変えても、
お供えをしても、
何を言っているか予想がついてしまう。
亡くなった実家の祖母のように芯から喜んでありがとう〜 なんて
絶対に言ってない。

言いきれるから心が萎えるんだよなあ。