毎日参拝した日にアップしていましたが…
昨日は遂にできなせんでした…
気を取り直し!!
昨日は8時前から参拝スタート
前日とはうって代わって快晴 というか 夏日!!
久々に宮司さんの祝詞聞きながら参拝でした。
ボーイスカウトの小学生たちがいたりで賑やか!!
前日分をリカバーして終了
前日は神奈川に行ったりで遅くなった影響で起床が遅くなった感じです。
神奈川には、これも神様関連の話繋がりの勉強会にいってました。
またこの件はアップします!!
ここはある方から、行くといいよ‼とのアドバイス頂いて知った神社です!
大鳥居ですが、脇には「日」と「月」との文字が・・・
日月神示に何等か関連あるのでそうかね?
-転載-
吉田神社(よしだじんじゃ)は、京都市 左京区 吉田神楽岡町 の吉田山 にある神社 。二十二社 (下八社)の一社。旧社格 は官幣中社 で、現在は神社本庁 の別表神社 。
祭神は以下の4柱(春日神 と総称)で、勧請 元の春日大社 と同じ。()内の漢字は春日大社での表記。
貞観 元年(859年 )、藤原山蔭 が一門の氏神 として奈良 の春日大社 四座の神を勧請したのに始まる。後に、平安京 における藤原氏 全体の氏神として崇敬を受けるようになった。『延喜式神名帳 』への記載はない(式外社)が、永延 元年(987年 )より朝廷 の公祭に預かるようになり、正暦 2年(991年 )には二十二社 の前身である十九社奉幣に加列された。
鎌倉時代 以降は、卜部氏 (後の吉田家 )が神職を相伝するようになった。室町時代 末期の文明 年間(1469年 - 1487年 )には吉田兼倶 が吉田神道 (唯一神道)を創始し、その拠点として文明16年(1484年 )、境内に末社・斎場所大元宮を建立した。近世初めには吉田兼見 が、かつて律令制 時代の神祇官 に祀られていた八神殿 (現在はない)を境内の斎場に移し、これを神祇官代とした。寛永 5年(1665年 )、江戸幕府 が発布した諸社禰宜神主法度により、吉田家は全国の神社の神職の任免権(神道裁許状)などを与えられ、明治 になるまで神道界に大きな権威を持っていた。
私の知識不足でしたが、なんか由緒のある神社のようです・・・
天津神の タケミカズチさんとフツヌシさんをお祀りしている、私にとってはなんか親近感湧く神社です。
住宅地から突然出てきたような神社です。
急こう配の階段を上ると
鳥居の奥が拝殿
非常にきれいな神社です。
鹿もいます!
奈良は「鹿」が有名ですが、元々は鹿島神宮から
連れて行った 鹿が奈良の鹿とかTVの番組で話をしていました!
鹿島神宮と言えば、タケミカズチ様
あわせて香取神宮が フツヌシ様です。
国譲りで、有名な神様ですが勇ましい感じがとても私は好きです!
と言いつつ タイムリミットの15:00までの周るため そそくさとお礼をして次なる神社ぬ向かう
京都旅です!
つづく!