私が二十歳になる数ヵ月前、余命宣告されたアル中末期だった母親。
成人式は楽しみにしてくれてはいたのに、(母親が成人式できた着物を私が着るため楽しみにしていた)余命宣告された後も飲みまくり「成人式まで生きられないよ、このままだったら。ほんとに成人式前に死ぬよ?おそろ見るんじゃないの?」とか言ってたら
元旦から父親が酒をのみ自分の部屋に引きこもり母親が「私はダメなのに貴方は飲むの?」と絡んで飲酒問題で夫婦で大喧嘩して「俺は働いてるんだぞ、酒くらい飲ませ」とピリピリムード、最終的に母親に「うるせぇ、グダグダ言うなはよ寝ろ」と父親が三回デコピン食らわせて寝て
1月2日に朝から愚痴を聞きつつ、お節の残りを食べながら引きこもっている父親を放置して仲直りの道筋を母と二人で話して夜になり、
部屋から全然でてこない父親に「お正月過ぎたらまたアルコールの病院いくってさ、自分から言ってるよ。正月から喧嘩は辞めてよ」ってドアごしに説得してたら
母親が「ねぇ、気持ちわるい、頭…痛い」と突然勢い激しく吐いてイビキをかきはじめ、
慌ててトイレに引きずっていき
父親の部屋のドアをどつきながら「ね、開けてよマジでやばい、今吐いて倒れた。緊急事態、イビキかいてる。出てきてよ、救急車よぶ。救急車よぶから、その間見てて、死ぬよ、あけて!」
って言って「え、なに?ほんとに?」と半信半疑でフラフラ出てきて呆然と立ち尽くす父親。
慌てまくり救急隊と話してる間も「え、イビキはまずいな…」とか酔っぱらいながらも母親の体勢をかえて徐々に酔いが冷め血の気が引いてくる父親。
お正月なので救急車がくるのに時間がかかり更に救急車がきても受け入れ先の病院が見つからず一時間待機。
青ざめを通りこし「もうダメだ…」と呟いたら「大丈夫、諦めたらダメだよ、意識無くても耳は聞こえてるからネガティブなことは言わないであげてね大丈夫だからね」と諭されハッとする。
絶望感に満ちた車内で錯乱したのか「俺が昨日デコピンしたからだ」とか訳のわからんこと言い出して泣きそうになる父親に「デコピンで人が死ぬなら今デコピンしてあげようか?今考えるのはそこじゃない」とキレ気味に返す自分。
結局、母親は手術してICUに入り私は数日間風呂にも入れず成人式を病院にお泊まりで迎え、成人式の日に意識がないはずの母は目を開けていた。
目を開けてから閉じなくなってしまい、その日のうちに「乾いてしまうので」と専用のサージカルテープみたいなものでまぶたを閉じてもらっていた。
2週間後に母はなくなった。
母の死語、遺言で成人式までに死んでも、会食の予約は解消しないで延期にし母方だけでも親戚をよび、自分の遺影を会食で同席させて自分の代わりにみんなで祝ってほしいと希望していたが
父方の親戚は同席してくれたが母方の親戚はあまりにも辛すぎて娘の遺言でも成人の祝い事には出席できないと頑なで結局来なかった。
成人式など私にはどうでも良かったし着物なんか着たくなかったけど、母親の最後の望みは叶えて上げたかったからやってみたけど母親が思い描いたことは微塵もかなわなかった。
母がアル中になった縮図が母の死にしてわかったよ。