ご覧いただき、
さらにはたくさんの
応援のコメントやメッセージを
賜りまして
誠にありがとうございます

心より御礼申し上げます


なぜこんな挨拶から
書きはじめたのかといいますと
この記事がこのブログの
記念すべき777個目の
記事なんです

7のぞろ目はめでたいですよね

ここまでブログを
続けてこられたこと、
偏に皆さんのご支援の賜物と
存じ上げます


これからもよろしく
お願いいたします(^人^)
ふぅ…、慣れない挨拶なんて
すると疲れますね

さて、
挨拶はほどほどに、
きょうは777個目の記事を
記念しまして、
いつもとは少し趣向を変えた
記事をUPしますね

普段より長めになっていますが
途中で
一息ついたりしながらでも
読んでいただけたら
嬉しいです

これは2009年の3月、
中3から高1に上がる間の
春休みに、
自分が実際に体験した
嘘のような本当の出来事です

皆さんは
曾祖父母に会ったことは
ありますか

自分は曾祖母には
会ったことがあります

父の父の母は
自分が小学校高学年のときに
亡くなったのですが、
栃木に住んでいたので
何度も会ったことがあります

母の父の母は山形なので
2009年の3月にはじめて
会いに行ったんです

これから書くのは、
その時の出来事です

栃木も山形も、曾祖父は
すでに亡くなっていたので
一度も
会ったことはありません

そして父方も母方も
祖母の実家の話は
まったく聞いたことがないので
父の母の両親のことも、
母の母の両親のことも、
一切わかりません

なので、
まぁ、話もごちゃごちゃして
わかりづらくも
なってきましたし
その話は
とりあえず置いておきまして、
さて、本題です

2009年3月、
曾祖母(以下、
母の父の母のことを指します
)は90歳でした

曾祖母の住まいは山形なので
栃木とは違い
行くのが大変で、
中学卒業まで15年間、
一度も会ったことが
ありませんでした

そこで母の
「生きている間に
トシキにもおばあちゃんと
会わせてあげたいし
おばあちゃんにもトシキと
会わせてあげたい」
という一声から、
山形への観光を兼ねた
2泊3日の家族旅行が
計画されました

しかし、うちの高校、
入学前から新入生にも
春期講習を受けさせるんです

なんとその講習の初日が
旅行の出発予定日と重なって
しまったんです

なので旅行を1週間遅らせ、
春期講習最終日、
講習は午前だけだったので、
授業が終わってから
出発することになりました

なぜか車で行くという
親が出した謎の結論により、
長丁場のドライブが
始まりました

講習後、
15時頃に家を出たことと
土地勘のない場所で
旅館の近くまで行ってから
かなり迷ったこともあり、
最終的にその日
旅館についたのは
0時を回ってからでした

その晩は風呂だけ入って
即就寝…
2泊3日の1日目は
こうして呆気なく
終わったのでした…

2日目の朝、
食堂というか、畳の部屋で
ご飯をいただきながら、
曾祖母の家の住所を元に
従業員さん方に
行き方を教えてもらっていると
なんと、従業員のうちの1人に、
曾祖母宅のすぐ近くに
住んでいるという方が

助かりました

その人に地図を書いてもらい、
朝食後間もなく、
曾祖母宅へ向けて
自分達は出発しました


曾祖父は
すでに亡くなっており、
家を次いだ長男、つまり
自分の祖父の兄も
亡くなっていたので
曾祖母は長男の嫁と
その息子、つまり
自分の母のいとこと
3人で暮らしていました

便宜上、以下
長男の嫁を『おばさん』と
します

車で曾祖母の家に着くと、
おばさんが
出迎えてくれました


中に入り、
初めて曾祖母に会いました

母親も
学生時代に会ったのが最後で
もう20年ほどは
会っていなかったそうです

父親も
曾祖母の長男の葬儀に出席以来
15年以上の
久々の再開だったそうです

遠いですからねぇ、
山形

祖父は結構頻繁に
帰省してましたけど、
母親は孫ですからねぇ

わざわざ山形まで
会いに行くのは
困難ですよね

曾祖母は90歳でしたが
「(検査で)どこも悪くない」と
おばさんが言っていました

曾祖母は
テーブルに置いてある
みかんを指して、
自分に『食べな』と
言ってくれました

初めての対面と
初めての会話を果たし、
その日は海岸に立ち寄りながら
旅館に戻りました

これで2泊3日の2日目が
終わったわけですね

山形旅行最終日…
この日がこの話の核心と
なります

朝食…、
旅館での最後の食事を摂りに、
前日と同じ部屋に行きました

旅館の料理の味は
どうだったんでしょうかね

記憶に残ってないということは
特別おいしくもまずくも
なかったんですかね

中学1年生のときの
スノー林間という旅行でいった
旅館の食事は、
ごめんなさいm(__)m
まずくて記憶に残ってます


さて、話を戻しましょう

旅館最後の食事を終えた頃、
前日の、曾祖母宅の近所に住む
従業員の方が、
自分達3人の近くに寄って来て
『きのうおばあちゃんの家に
救急車が止まっていましたよ』
と教えてくれました…
ここからは絵文字なしで…
急いで連絡をとってみると、
前夜、曾祖母が
亡くなったということでした。
どこも悪くないって
言っていたのに、
普通に会話もしたのに、
初めて会った
まさにその日に
亡くなってしまうなんて…
死因は脳内出血で、
多少の嘔吐の跡は
見られたものの、
ほとんど苦しむことなく
亡くなっただろう
ということでした。
それならまだ良かったと
言うべきかな…
曾孫である自分との初の対面を
待ってくれていたのか…
学生時代以来、
久々に会う母を
待ってくれていたのか…
曾祖父の葬儀以来の再開となる
父を待ってくれていたのか…
それはわかりませんが、
自分達のことを
待ってくれていたのかも
知れませんね…
それにしても、
初めて会った日に
亡くなるという
かなり珍しい偶然。
春期講習がなくて、
予定通り出かけていれば
対面と曾祖母の死は
1週間ズレていたかも
知れませんし、
1週間ズラしたことによって
タイミングが一致した
という偶然。
さらにはあの従業員ですよ!
彼がいなくても
2日目は地図を見ながら
何とか会いに行くことは
出来たでしょうけれど、
彼がいなければ
3日目に自分達は
曾祖母の死を知ることは
出来なかったでしょう…
何も知らずに
帰ってしまうところでした。
たまたま止まった旅館に
近所に住む従業員がいた
という偶然。
ここまで偶然が続けば、
それはもう奇跡ですよね!
会えるのを待っててくれた
おばあちゃん、ありがとう!
誰に感謝していいのか
わからないけど、
普段は神とか信じない質ですが
今回ばかりは神様ありがとう!
そして、
最後まで読んでくれた方々も
ホントにホントにありがとう!
感謝します(v^-゚)
そうそう、
今回の東北の地震ですが、
すでにおばさんと連絡が
取れていて、
おばさんもその息子さん
つまり母のいとこも
2人とも無事とのことでした。
一応報告しておきます。
ではまた(^^)/~~~





