来年、2023年は、令和5年。令和も
早くも5年である。私は、来年64歳であり、
勿論、もう、夢を語る年齢ではない。大体
もう、遅すぎるもんな。私は、何をしたら
いいか、迷うが、これから余生を、日本の
年間行事、風習、歳時記を、一つ一つ丁寧に
やってゆくことだと考えている。お正月は、
初詣、お雑煮を食べ、二月は節分、恵方巻を
食べる。三月はひな祭り、四月はお花見・・
私は、弱輩の頃は、年間行事とか歳時記には、
まるで関心なく、「こんなことやって何に
なるんだろう?全部迷信じゃないか。まあ、
大昔から決まってることだからな。」と、
思っていた。まわりの大人たちは、そんな私に
「まあ、お前は花よりダンゴだからな」と言われ、
私は、益々??だった。だが、熟年になってからの
私は、徐々に考えが変わってきた。年間行事、風習、
歳時記とは、やはり、神様仏様と人間の本当の関係を
学ぶというのが目的である。そして、これらのものは、
言うまでもなく、宗教というものが土台になっている
わけである。まず、どこの宗教も、御利益信心では
ないということを強調する。しかし、やはり、何か
功徳というものがないと、人は信心し、歳時記も
熱心にやっている甲斐がないだろう。そこは占いと
同じで、当たるも八卦当たらぬも八卦なのだろう。
私は、生涯独り身だったから、特に愛してる人が
いるわけでもないし、大好きな子がいるわけでもない。
守るべき人も誰もいないし、自分自身と姉と叔母が、
無事、天命を全うしてくれればと思う。でも、私は、
未だに、舞 悦子さんと、そして、星崎アンリさんを
深く愛してることは、間違いない事実である。でも、
私は、あくまでも、彼女たちの偶像を愛しているのだ。
・・・我ながら、何言いたいのか、分からなくなって
きたな・・。舞 悦子さんは、ともかくとして、星崎
アンリさんは、まだまだお若いし、これからの方である。
・・ぶっちゃけていうと、私は、年間行事、風習、歳時記
を、きちっとやり続けることによって、奇跡とやらが、何か
起きるのではないかと、密かに考えているのだ・・。
「はんか臭いにも程があるだろ!!」と、人は言うだろ
うね・・。私が、熱く想っているこころ自体が、レッキ
としてあるのだけは事実なのだ。支離滅裂な文章ですまん。
読んでる、皆さん方、頭痛くなりました?次回は、もう少し
落ち着いたら話しします。