DAIKON’S BLOG

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戦国時代の豪傑、山中鹿之助の
孫に当たる山中幸元勝庵(後の鴻池新右衛門)は慶長、元和年間に大坂で酒の醸造を営んでいた・・・

ある時、下男の失策をひどく叱ったことがあり、下男は、それを遺恨に思って、酒樽の一番大きいのをダメにしてやろうと、夜間に乗じて木灰を多量に投げ込んで脱走した・・・。

翌朝、新右衛門が蔵を見廻ってみると、木灰を投げ込まれた酒樽に清酒が出来ているのである・・・
濁り酒のにごりは灰のアクに吸収されて清酒となったのであるが、復讐のつもりが、大もうけをさせることになり、鴻池新右衛門は、清酒発明の名をほしいままにしたのである・・・。

ちなみに鴻池財閥の祖といわれる鴻池善右衛門は、新右衛門の八男である・・・。

この灰で得る清酒は、品質が落ちることがあるので、後に取り止めとなり、清酒は発酵の終わったモロミを袋に入れてしぼり、それを貯蔵桶に入れて、上澄みをとる方法に変わっていったのである・・・