伊豆大島の玄関口の港と三原山火口との中間あたりにある富士見観音堂。
昭和50年代に出来たこの道場は今でも地元の人でも存在があまり知られていません。
戦中戦後の日本人の海外への労働移民の歴史も多くの人に忘れられている状態で、その中でも特に知名度の低いアマゾン移民日系労働者の菩提が眠っているのがここ富士見観音堂です。
そして建立者の藤川氏の33回忌が終わり、改めてほぼ廃墟化(画像参照)していたこの場所から新たな情報発信と活性化を目的とした『御神火洗塾』が動き出しました。
この道場の元々の建てられた経緯、今も残る建立した藤川氏の願い、三代目の観音堂の伊藤堂守の活動の紹介、ここの存在のこれからの必然性も紹介して行きます。
現在の日本における外国人労働者の問題を始め、居場所の少ない様々なマイノリティの方々のコミュニティ作り、講演会やイベントも今後展開。
これらの活動の代表は大黒堂が担当します。
またこの場所の今までの経緯が封印されていた理由なども追ってアップしていく予定。まずはご挨拶の第1回目ブログでした。