AFPヤンのブログ

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半世紀を生きてなお成長途上のAFPが日頃思うところを書いたブログです

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アイドルを応援していてもそれはいつかは来るものである。約40年前、私は小学生の頃、ピンクレディーを応援していたが、新興勢力によって人気は衰え、解散した。その後私は子ども心に諸行無常という重いテーマを背負い、アイドルを追うことをやめたのであった。

 

 そして音楽界の遍歴が始まる。興味を持っても次から次へとはやりすたりがあるのがこの業界。マイナーなことに牧野アンナや日高のり子なんていうゲームミュージックをきっかけに知ったアイドルは次々消滅w 他人とは全く変わった私の興味の対象は王道ではなく、常にわき道を進んでいくのであった。聖飢魔Ⅱ、嘉門達夫、そしてJAYWALKへと軌道修正していったがw JAYWALKがリーダーの薬物所持事件をきっかけに完全に衰退すると、高校生の頃興味を持ったD-POP(ドイツのポップ)をしばらく聞いていたのである。

 

 2013年、AKB48で行われた選抜総選挙をきっかけに私は博多のアイドルグループ、HKT48を知った。もともと指原莉乃を別に好きだったわけではないが、小林よしのり先生のことはよく知っている。そんな二人が大げんかをしているのを見て気になり、ホームページを訪ねるとそこで目にしたのが『若田部遥(わかちゃん)』という少女だった。『若田部』という名前には覚えがあった。私の母校、駒澤大学の野球部員にいた若田部健一は、私の同期生野球部員、鈴木望(1989年ドラフト会議・巨人5位指名)の2期下の後輩だったからである。大学生の頃私が神宮球場に応援に行くと電光掲示板には鈴木の名前のほかに若田部の文字もあった。当然ながら私はスタンドで彼を応援することになった。その青春の思い出は今も駒澤大学の同窓会で語り合うことがある。

 

 そんなわけで、もしやと思い、ネットを見ると果たして彼の長女であることが分かった。そういうご縁ならば応援しようと少ない収入をやりくりして費用を捻出しながら握手会にも行ったことがある。2ndシングルで選抜を外されてしまってからはついに選抜に復帰できなかった彼女ではあったが、その頑張りには希望を持てた。性格もまじめで自分の将来に正面から取り組む姿勢に、たとえ短命なアイドルに終わるとしても応援する価値のある子だと私は神推しを決めたのが2013年の7~8月頃であった。ネットで見かけた動画の数々を見れば彼女の人となりはわかったから、他の人気のあるメンバーはさておき、興味の中心はもっぱら彼女に向いたのである。やがてAKB48ショップに推しメンパーカーが出ると彼女の名前が入っているものを予約し、購入した。彼女の事は『ネットの近所のおじさん』というスタンスで応援していることを自分の子供にも時々話していた。いつしか、『若田部軍団関東方面軍司令部通信班長』を自称していたw わかちゃんをあんみつ姫にも見立てていた私の気分は甘辛城のご家老様であったから、相当中毒していたかもしれないw

 

 だが、その若田部遥(わかちゃん)は2017年2月5日をもってすべての活動を終え、HKT48を卒業したのである。 かくして私は神推しのメンバーを失い、浪々の身となりw 事実上博多を卒業していったのであった。

 ここからはしばらく、自分のFacebookに書いた文章をもとにわかちゃんの思い出を書くとともに、現況について書いていきたいと思う。