『 アッシリアの王、アッサルハードンの伝説 』



前回までのお話し  「アッシリア王アッサルハードンの伝説 1」
「アッシリア王アッサルハードンの伝説 2」   「アッシリア王アッサルハードンの伝説 3」





 ライーリエには、もう不要である衣類が剥ぎ取られました。

ライーリエは、いつかは逞しく美しかった自分の身体の、

あまりに酷い、やつれ方に、

一瞬、怖気づきましたが、それを振り払いました。

その瞬間、2人の刑手が、

やせ細ったライーリエの両腕を掴み、その身体を持ち上げ、

血まみれの鋭い杭に突き刺そうとしたのです。



(ああ、いよいよ私は死んでしまう。破滅だ。)



 ライーリエはこう思うと、

最後まで男らしく平静を保とうと言う決心が鈍り、

号泣しながら、助けを祈り始めたのでした。

しかし誰一人、それに耳を貸す者は、その場には居りません。



(いいや、こんな事があるはずはないのだ!)



 と、彼は考えました。



(俺は眠っておるのだ。これは夢だ!)



 そして彼は目を覚まそうとして、渾身の力を振るいました。



(だって俺は、ライーリエじゃぁない!

 俺は、アッサルハードン王だ!!)



 そう彼は考えたのでした。



『お前はな、ライーリエでもある。

 お前はまた、アッサルハードンでもある。』



ライーリエであり、アッサルハードンでもある彼は、

そういう誰かの言葉を耳にしながら、

いよいよ処刑が始まってしまう事を感じたのです。

彼は、思わず声をあげてしまったのです。

それと同時に、水盤から頭を降り上げました。

老人は、コップから彼の頭上に最後の水を注ぎながら、

彼の枕元に立っておりました。



『ああああ、私は何という恐ろしい苦しみをしたことか!

 しかもこんなにも長く…。』



と、アッサルハードンは言うのでした。



 すると老人は、



『これが長いと?』



と言いました。



『お前は立った今、頭を水盤に浸けたばかりなのに、

 直ぐに、水から頭をあげてしまったのだぞ。

 見なさい。

 お前の頭にかけると言った水は、

 まだ全部、注がれてはおらぬぞ。

 これを見て、今こそ、わかったかね?』



 アッサルハードンは、何も答えず、

ただただ恐ろしげに、老人の顔を見つづけました。



『さあ、今こそ、わかったね。』



と、老人は再び、言いました。



ライーリエ、あれはお前自身だし、

 お前が殺した、あのライーリエの兵隊たちも、

 やはりお前なのだという事が、わかったか?

 いや、兵隊たちだけでは無いぞ。

 お前が狩りで殺して、

 酒盛りの席で貪り食った獣たちだって、

 やはりお前自身なのだ。

 お前は、生命というものを

 ただお前の中にのみ、あるように考えていたらしいが、

 私がお前から、虚偽の蔽(おお)いを取り去ったので、

 お前は人に悪行をしながら、

 実は、自分自身に悪行をしていたのだ

 という事が理解できたのだ。

 生命は、万物の中に一つ、

 お前はただこの唯一の生命の一部を、

 自分の中に顕現(けんげん)しているにすぎぬ。

 そしてお前はただ、この生命の一部である、

 自分の中でだけ、生命を良くしたり、悪くしたり、

 また大きくしたり、小さくしたりする事が出来るにすぎぬ。

 自分の中の生命を良くすることは、

 お前としてはただ、

 自分の生命を、他の存在から分かれている境界を破壊して、

 他の存在を自分だと考え、

 彼らを愛することによってだけ、

 自分の生命を良くすることが出来るのである。

 他の存在の中にある、生命を滅ぼすという事は、

 お前の権限にはないのだ。

 お前の手で殺された存在の生命は、

 お前の目からは、消滅しても、

 決して、滅び去ったのではない。

 お前は、自分の生命を延ばして、

 他人の生命を縮めようと考えていたが、

 それはお前にできる事ではないのだ。

 生命にとっては、時も無ければ、場所も無い。

 生命は刹那であり、そして生命は数千年という時である。

 そしてお前の生命も、全世界の全ての目に見え、

 また見えない存在の生命さえも、平等である。

 生命は、滅ぼすことも変えることも出来ぬのだ。

 何故ならば、それはただ一つの存在だからである。

 それ以外の万物はただ、

 生きている我らに、まるでそこに存在しているかのように、

 ただ思われているに、すぎぬだけだからだ。』



こう言って、老人はすっと消えてしまいました。



 翌朝、アッサルハードン王は、ライーリエをはじめ、

全ての捕虜を、解放する様に命じ、処刑を中止しました。



 翌々日、彼は自分の息子のアシュールバニパルを呼び、

この息子に自分の王国を譲り、引退したのです。

そして自分は、新たに知ったことに思いを巡らしながら、

最初に荒野へと出て行ってしまったのでした。

やがて、巡礼に姿をやつして、

町々を、村々を、歩き続けたのです。



全ての生命は、全て繋がっており1つなのです。

従って、人間は、他の存在に悪をなそうとするときには、

ただ自分自身に悪を加えることになるのだという事を、

沢山の人々に、説いて歩き続けたのでした。



「アッシリア王アッサルハードンの伝説」 おしまい




ここまで読んでくださって、誠にありがとでしたぁ。

おしまいっ。
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