この記事は、穂吉のブログの「2013-01-07 16:30:15」にUPした『日本の神話237. ~第四部 大和朝廷~  =第二三章 顕宗(けんぞう)天皇=』という記事を再編成してUPしています。



最初のお話し 『日本の神話01』     前回のお話し 『日本の神話236』




この回も、大君、袁祁(をけのおおきみ)

顕宗天皇(けんぞうてんのう))
様の御世のお話しです。



父君を殺した先々代の天皇、雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)

どうしても許すことが出来ない、

天皇の袁祁様は、

雄略天皇の御墓を崩し壊すために、

兄上の意祁(おけのみこと)様を

大勢の家人と共に河内(かわち)へと向わせました。



兄の意祁様は、

河内雄略天皇の御墓に到着すると、

盛土(もりど)の端をほんの少しだけ掘られ、

そしてその土をお持ちになられると、

早速、都へと舞い戻ったのでした。

そして、天皇へ



『すっかりと御墓を壊してまいりました。』



そう申し上げられたのでした。



すると天皇は、余りに早い帰還のために

兄上を不思議に思われて、



『兄上、一体どのようにしたら、

 こんなに早く壊して帰って来られるのでしょう。』



そうお尋ねになるのでした。

すると、兄の意祁様は、



雄略天皇の御墓の盛土の縁を

 ほんの少しだけ、掘り返しましたよ。』



そうお答えになったのです。

それを聞き驚いた、袁祁様は、



『父君のお怨みを 晴らすために

 報復しようと思うのならば、

 その御墓の全てを崩し、

 そして壊してしまいたいと思うものではないのか。

 何故、兄君は、しばかり掘るだけにとどめたのだ。』



そう腹立ちまぎれに仰ったのでした。

すると静かに、兄君の意祁様は語るのでした。



『父君が殺された怨みを

 雄略天皇の御霊(みたま)にて、晴らしたい。
 
 そう思われるのは、ごもっともなことでございます。

 しかしながら、雄略天皇は、

 父に対しては確かに恨みもありますが、

 我ら兄弟にとって、叔父上に当るのでございます。

 さらに、天下をお治めになられた、

 先々代の天皇にございます。

 それを父の仇(あだ)に報いたいというだけの事で、

 天皇の御墓を壊そうものならば、

 後の世の民たちは、こぞって、

 あなた様の事を、悪い天皇だと噂し合いましょう。

 しかし、私も父の仇は打ちとうございました。

 それで僅かばかりではありますが、

 御墓の縁を削って、持って帰ったのでございます。

 この削られた土でもって、

 十分に、雄略天皇は辱めを受けられました。

 これで後の世の民に対しても、

 袁祁の天皇の度量を

 お示しになることが出来たことでしょう。』



そう、兄上の意祁様はお答えになったのです。



それを聞かれた天皇は、兄

君の深いお考えに頭が下がりました。

そして涙を流されたのです。



顕宗天皇(けんぞうてんのう)

袁祁(をけのみこと)様は、

その後間もなく、ご崩御なされます。

ご崩御の前に、

日嗣は、兄上の意祁(おけのみこと)様とお決めになられました。

天皇の宝算(ほうさん)(年齢)は38歳、

ご統治は8年の年月でございました。

そして、その御陵は

片岡石杯岡上(かたおかのいわつきのおかの)に今なおございます。



- 追 記 -

片岡石杯岡上(かたおかのいわつきのおかの)」とは、奈良県香芝市北今市にある『前方後円墳』がそうであろうと推測されています。




ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

おしまい。
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