「立花さん、それは違うんじゃないですか?今回の場合は・・・」
坂下が立花の発言を途中で退け、強い口調で主張してきた。
来る2月末のプロジェクトに向けた、最終的な詰めの会議では、数人が腕を組みながら椅子の背もたれに体を預けている。
実質の決裁者である立花と、今回の担当営業である坂下の間で、激しい議論が交わされていた。他の数人は、ほぼ傍観者である。
「確かに、坂下の言う通り、今後を見据えた先行投資としての意味合いというのも分かる。しかし、Y社はいま資金も潤沢にあるようやし、ここは自分たちの提供するサービスの価値を上げて、価格は落とさずに交渉した方が今後のブランディングにも良いと思う。」
「じゃあ、残り1ヶ月でどうやって価値を上げるんですか?」
「それに関しては、まだ確実なことは言えへんが、俺が交渉していることがある。それを話したいところやけど・・・」
〟非〝参加者の数人は、腕時計を見たり資料を整えたり。冷めて飲めたものではないコーヒーを飲み、顔をしかめている者もいる。どう見ても切り上げたそうである。どのみち俺と坂下で決めることになるなと思った立花は、その場に向かって投げかけた。
「よし、今日はこれで終わりにしよう。明日、同じ時間に最終報告という形の会議をする。みんな、よろしく。」
一言言いたそうな坂下に軽く頷いて、背中をポンと叩いた。
「お前、今日時間あるやろ?今から外行くぞ。」
「はい・・・」
「立花さん、何で外なんですか?僕、納得してないんですけど。」
坂下は、ビルの階段を下りながら、抗議してくる。かなり不服なのが声のボリュームに表れている。
「まあまあ、良いから外でお茶でも飲もうや。そこで話そう。」
なだめても無駄だと感じて、立花は「とにかく付いてこい」と背中で念を押した。
「ここや。よし、注文するで!」
しぶしぶ付いてきた坂下も、店の前に来ると興味津々の様子で、目を泳がせている。
店前の看板に目を落とし、メニューをじーっと眺めている坂下に、立花が解説を入れる。
「日本茶のスタンドやねん。気分に合わせて色んな種類から選べるんやけど、まあまずはこれを飲んだらいいと思うで。」
立花はそう言いながら、〟オススメメニュー〝の中にある「深蒸しモダン」を指さした。
「あ、おごるで。」
良くわからないながらも財布を出そうとする坂下を制し、店員に注文を伝える。
「深蒸しモダンのマイルド、レギュラーサイズをこいつに一つと、俺は月ヶ瀬ライトのマイルドをレギュラーで。」
「ありがとうございます。では、レギュラーお二つでお会計が700円でございます。」
会計を終えて奥のスタンディングスペースに移動した二人は、綺麗にガラスポットで淹れられているお茶をしばらく見ていた。何かに気が付いたように坂下が振り返り、
「あ、ごちそうさまです。すいません。」
「俺が連れ出したんやから、おごらんとな。」
軽く笑いながら答えていると、ちょうどタイマーが鳴り、お茶が出来上がった。
カップを受け取り、二人は向かい合う。
「立花さん、会議の件ですけど、確かにおっしゃることは尤もですが、時間がない中でどう決着させるつもりですか?進めてる交渉ってのは・・・」
「まあまあ、まずは飲もうや。冷めてまうで」
促されて、坂下は口をつけた。
「おいしい!これ、味がしっかりしてますね。色も綺麗ですし・・・」
「せやろ、それは深蒸し茶っていう種類で、長く蒸してるねん。茶葉が細かくなってるからお茶の中に茶葉が入り込んで、栄養をそのまま取り込めるんやで。このtea channelでは、ロングスチームって呼ばれてる。」
「へー、そうなんですか。そういえば、お茶ってあんまり考えて飲んだことないですね。立花さん、なんでそんな詳しいんですか?」
「まあ、俺クラスになれば・・・って、全部店員さんの受け売り。」
はははっと立花が笑うと、店員が笑顔で振り向いた。坂下は、立花がこの店の常連で、しかも店員と仲がいいのを感じ取った。
店内を見回してみると、シンプルで清潔感のある内装に、狭いスペースだが5分や10分滞在できる感じの落ち着いた空間になっている。気づけば、先ほどまでのイライラした感覚が遠のいているのを、坂下は感じた。
「ほら、ほっこりするやろ?それな、理由があんねんで。」
「雰囲気じゃないんですか?」
「ちゃうねん。テアニンっていうアミノ酸に鎮静効果があって、しかもカフェインも多く含まれてるからその相乗効果で集中できるというおまけ付きなんや。」
「へー、そうなんですか。全然知らなかったな。集中=コーヒーとばっかり思ってました。」
「昔、武士がお抹茶で精神統一をしたのもそういう理由らしい。茶道の師範が言ってはるらしいんやけど。ま、受け売りやな。」
「まあ、受け売りじゃなくて立花さんがわざわざ研究してたら気持ち悪いですけどね。」
二人で笑うと、今度は坂下も店員と目が合った。
「坂下が飲んでる深蒸しのお茶は、さっき言った理由で茶葉がドリンクの中にもたくさん入ってるから、より効果があると思うわ。」
ほー、と言って坂下がカップをのぞき込む。よしよし、ペースに巻き込んだ・・・と立花が得意げにしていると、坂下がパッと顔を上げた。
「落ち着かせるためにこれにしたんですね。全く、手のひらで転がされてるようです・・・。」
「まあまあ、たまには転がされといてや。あの〝価値を上げる〟って件やけどな、X者が今回のプロジェクトに乗っかりたいみたいで、向こうのリソースを無償で使えそうやわ。もちろん、次回からは結果が出てるから、その分の価値に見合った見積もりで進めて、X社にも利益を得てもらえば良い。どうや?」
はーっとため息をついて、坂下は右の口角を上げた。
「何の異論もないですよっと。でも、何でその場に連れて行ってくれなかったんですか?」
「まあ、この場と同じで、酒の席で決まることもあるんやわ。X社の部長、高校の同級生でな。今度、紹介するわ。」
あまり納得していない様子の坂下だったが、一つ勉強になったのを痛感しているようだ。
「立ち話だと、あまり余計な前置きとかダラダラが無くていいですね。あ、これも狙いか。くっそー。」
立花がくくくっと笑うと、店員も笑いをこらえているのが見えた。
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→第四話に続く
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株式会社ルシール 代表取締役
藤田大次郎