こんばんは。初めまして。
東海大学男子柔道部主将 香川大吾です。
これが僕の初めての投稿となります。

前からブログには興味があり、ある人のブログを見ていると面白かったので初めてみました。
このブログは皆さんに読んでいただくと同時に僕自身の記録でもあるので、ご了承ください。

先日6月24日に行われました、全日本学生柔道優勝大会が日本武道館にて行われました。
そして、3連覇を達成することが出来ました。

実は、この試合は僕にとってかける思いが1番強い大会です。それは僕の柔道人生において1番の挫折を味わった試合です。
僕は小学生のときから柔道を始め、小学校、中学といままでたくさんの試合で優勝をしてきました。高校生のときは、インターハイで団体と個人を両方優勝を経験し、全日本選手権に高校生ながら出場をしました。正直、高校のときに負けた記憶は片手を数えるくらいしかいないし、さらに中国地方の大学生や警察官と試合をしても負けなかったので、中国地方では王様のような気分でした。調子乗ってました。
そんな僕が日本一の大学、東海大学に入学してすぐに、この全日本学生柔道優勝大会がありました。東海大学はこの大会で7連覇中で、僕は団体メンバーに入り難なく、決勝戦まで勝ち上がりました。それもそのはず、大学の団体戦は7人制なのですがメンバーは、
阪本先輩(大学チャンピョン)
倉橋先輩(リアルハルク)
ウルフ先輩(世界チャンピオン)
ベイカー先輩(五輪チャンピョン)
長澤先輩(イケメン主将)
影浦(アジアチャンピョン)
どこから見てもオールスター。

このメンバーで決勝戦の相手は筑波大学。
チームの誰もが、今年も優勝して前人未到の8連覇を達成して近代柔道の表紙は誰が載るのかと、浮き足立っていたと思う。
メンバーも目立って優秀賞をみんな狙っていた。
結果は代表戦の末、敗退し準優勝。
先鋒の阪本先輩が相手の1番手に負けて、
次に僕が出て、内股を透かされて負け。
そこからあれよあれよと時間は過ぎていき、気がつけば周りが奈落の底に落とされたような顔をしていた。
筑波に負けた。
絶対に認めたくなかった。
夢だろうと思った。

僕は井の中の蛙だった。
ただの田舎者だった。

試合が終わったあとは、
魂の抜けた腑抜けた人間生活を送った。
精神的におかしくなって、ご飯も食べず、練習に行ってもボーッと道場に立っているだけで、1人になるとずっと泣いていた。
正直、試合後のことはあまり覚えていない。
僕のせいでこのスター軍団に土をつけてしまった。数々の先人達が繋げて来てくれた、7連覇という偉業を途絶えさせてしまった。東海のみんなにどんな顔をしていたらいいのかわからなかった。
でも、東海のみんなは僕が思ってる以上に大きなものだった。誰も僕を攻めたりしなかった。気を使ってくれたのかな。僕自身は逆にみんなに気を使わせているのが、胸くそ悪かった。
悔しいし、恥ずかしかった。
男として情けなかった。

このどん底から3年。
全日本学生柔道優勝大会の畳に主将として、
立つことができた。
チームは失点0で決勝まで進んだ。
そして、決勝の相手は筑波大学。
何度も頭をよぎった。3年前の屈辱が。
でも、弱気な自分はそこにはいなかった。
これは絶好のチャンスだと。
東海として負けるわけにはいなかった。
決勝戦、筑波大学を前にみんなで円陣を組んだ。
最後みんなにかける言葉は決めていた。
「この試合が終わったら俺達が日本一だ」
この言葉は、王座奪回したときの小原先輩が決勝の円陣でかけた言葉だ。とても痺れた。
試合前なのに涙が出そうになった。
いろんなことが思い浮かんだ。

いざ、円陣を組んでこの言葉を発した。
「☆〒〆々…○*÷」
声が震えすぎて、言葉に出来なかった。
自分では強気だと思ってたけど、
ほんとはとてもビビってたのかもな。

全員で死にものぐるいで
優勝をつかみ取りにいった。
結果は優勝。
個人的には活躍はなかったけど、
主将としての役目は優勝すること。
その大役を果たせたことが大きな成果だ。

全日本学生柔道優勝大会に
名を刻めてよかったと心から思っている。

でも、まだ満足はしていない。
むしろまだまだだ。

次は、尼崎の体重別団体があります。
まだ時間はありますが、2冠に向かって頑張ります。