ある大学教員のたわごと
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とある思い出の記

先ごろ、ツイッターである知人の訃報を目にした。

もう実際に顔を合わせたことは、この20年以上無かったのだが。

あー、あの人亡くなったんだって感じで。

 

その人を含めたとあるグループがマスコミに出ていた時期があって。

今も出ているのではと思うのだが。

そのグループが言ってることに心のどこかで共感を覚えていたのだろう。

 

「この社会は間違っている」という言説はまぁ、社会を科学する出発点のような問いかけなのだが。

色々な立場からの意見が百花繚乱のように出ている。

その中でも世俗に完全に背を向け、自分の骨身を削って主張する言葉にはどこか心を打つものがある。

 

大学の教員で身を立てながら新書やの雑誌やのにくだらない論説を書き散らし。テレビ出演で無責任な発言をしまくり。講演でたっぷりお金を儲けて「社会は間違っている」という言説を述べる多くの教員を見てきた。前任校でも現任校でもそのような連中と同僚として過ごしてきたが。だいたいが、ロクでもない連中で。

全く共感を覚えたことはないし、これからも覚えることはないだろう。

 

「彼」は、私より数歳年上で。

60になる前に逝ってしまったのだが。

貧しい暮らしの中で、心の通い合う多くの友人を作り。

文字通り「社会は間違っている」と生き様を通じて社会に訴えかけ続けた。

 

最後に彼に会った時。まだ大学院生だったころなのだろう。

「今何をしているのですか」(彼)

「大学院で〇〇を勉強しています。」(私)

「将来、どうするんですか?」(彼)

「博士課程へ行って研究者になりたいなと」(私)

「博士になれなかったら、ふくろう博士ですね」(彼)

 

ついつい一緒になって笑ってしまった。

「ふくろう博士よ、永遠に。」という言葉しか思いつかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学教員の一番嫌いなもの

この1~2月は大学教員の一番嫌いだと思われるイベントが目白押しで。

特に今年は本当に疲れた。

あれでこのくらいかよというバイト代もらっても釈然としない。

カネ返せばやらなくていいいのなら、絶対に返すし、何なら50000円くらい払ってもいい。(笑)

 

50000円といえば、ゼミの学生に呼ばれた結婚式にも行ってきた。

結婚式はあれやこれや、準備が面倒くさく、行くのはイヤである。

面倒な準備をしたあげくに、たいしてうまくもない料理を食わされ、なんの関係もない人達と歓談せねばならない。

 

色々フィールドワークをやるゼミを前任校や今のところでも過去に営んでいた関係上、濃密な関係が生じてしまい、断れない場合もあるにはある。教え子だとご祝儀もはずまなくてはならず。

もう今回ので出席はラストにしたい。

関係が濃い場合でも式に出るのはやめにして、お金だけ送ろう。

その方が準備も全くなく、当日の会食に出なくてすむ分、コストが低い。

当事者達の利益率も、実はその方が高いかもしれない。

 

大学教員を20年ほどやってきたのだが。

ゼミは研究主体として、さっくりした人間関係の方が後々面倒にならなくていよい。

一度、誰でもいいからこいよって感じのゼミにしてみたが、これは、全く勉強する気のない人間が集まるため、ちと問題を感じた。昔の自分のような学生を相手にするのは、非常に面倒だ。

教師という商売は、自分のことは棚に上げないとつとまらないものなのだ。

やはり、今の研究中心の流れを今後とも継続していきたい。

 

今年国際誌へ投稿した原稿がr&rとなり、今直しをやっている。

前作は、publishされるのに実に投稿から3年を要した。(笑)

今回はもう少し短縮したいものであるが。

 

ただ非常に丁寧なレフリー3人のコメントには本当に頭が下がる。

おかげで滅茶苦茶直さなければいけなくたった。(笑)

「教授」とは言え、この体たらくであり、とどのつまり、現在に至るまで「一学徒」に過ぎず。

ゼミや結婚式で師匠面するのは、本当に恥ずかしい限りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学のゼミについて

日本の大学には演習(ゼミナール:ゼミ)という少人数クラスがあって、教員の専門に近い研究分野の指導を行っている。

前に所属していた私立大学では2年生、現在所属している大学では3年生からゼミが開講されている。

ゼミには定員があり、人気ゼミは定員を上回る志望者が単位取得を望み、面接や簡単な試験等で学生を選抜することになる。

私のゼミの指導方針は、もう既にゼミを開いてから20年以上になるのだが、本当にはっきりしない。(笑)

資格試験の受験の推進、国内・海外研修の企画立案、等の様々な試みを行ってきたのだが。

今では研究重視型に落ち着いてしまい、受講生が学部でも最も少ないゼミになってしまった。(笑)

 

今年も同じく少なく。

この人数だとゼミを運営するのが大変であり。

あと2,3人は増えた方がいいのだが。

 

前の大学だとあまりに受講生が少なければ、改善指導が入るところだが、今の大学だとそれは無い。

私は我ながらキツい教員ではなく。

セクハラ系では断じてなく。(笑)

 

飲み会なぞは一切なく。年一回開くか開かないかのランチ会も「おごり」である。

もちろん、ゼミにピリピリした雰囲気は一切なく。パワハラ系とは無縁のつもりだ。

そもそも学生には、「〇〇さん」と呼ぶように言ってる。

わからないと言えば、懇切丁寧にわかるように指導する。俺の背中を見ろなどという方針では全くない。

ただ、教科書を誰か一人に当てる輪読方式をとらず、全員に予習を課して、毎回、全員に当てる方式と統計ツールの学習を課しているのが評判が悪いようだ。

他大学にいる共同研究者に聞くと私と似た形式の彼のゼミも少ないようだ。

 

また一度ゼミの学生数が減少すると、「ヤバいゼミ」というレッテルが貼られるということもあるのだろう。

コロナで遠隔授業になったのを良いことに、教材づくりと授業にハマってしまい、担当する必修クラスのテストの難易度が上がったこともあるのかも知れない。

 

我ながらこのようなゼミに「客」が来ないのは良くわかる。

私が学生でも嫌である。(笑)

 

私の大学だとランクの高い企業に就職出来るようなパイプのあるゼミがやはり人気ゼミということになる。

ただ私自身は、そのようなゼミに行きたいと思ったことは一度もなく。

自分が3年生の時にゼミに入ったわけでもなく。

5年生の時に移ってきた変な先生のゼミに入り、野山を歩きまくっていただけである。(笑)

 

私がこのような閉じこもるタイプの教員になるとは、今は亡き師匠も全く想定していなかっただろう。

 

この2月にゼミの卒業生の結婚式に呼ばれたので行く。

卒業生の結婚式に出るのはこれで2回目である。

この学生の時にはフィールド・ワーク主体のゼミだった。

今後は呼ばれることも無いのだろう。

呼ばれると、ご祝儀を多く包まなくてはいけないので。

まぁ、今回で終わりということで良いのではないだろうか。(笑)

 

 

 

 

 

 

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