20世紀初頭、フレデリック・テイラーは、労働者の作業を時間動作研究し、科学的管理法を提唱する。工場の作業能率を飛躍的に向上させた。

労働者の作業は細分化・合理化され、標準作業量としてノルマが課せられるようになる。以降、労働の機械化に拍車がかかっていった。


近代サッカーは、ハードワークの時代となってきている。ポジションごとに明確な役割が決まり、ボールに対しての動き、選手との距離間など事細かな決めごとが選手に制約を加える。


ブラジルの国旗には「秩序と進歩」の言葉が刻まれている。

規則に縛られることを嫌う国民性は、自由で遊び心のあるサッカーを好んだ。

ブラジルサッカーの多くは、ストリートで形成される。少年たちは、教科書では学ぶことのない精神を身につけ、個々の感性を磨いていく。互いの個性は、フィールドという舞台を介して融合され、無秩序の中に美しい調和を生みだしていった。


ブラジルサッカーは、1970年に、三度目のW杯優勝を飾り、栄光の頂点を極めた。ブラジル代表のカナリア色のユニフォームはピッチの上で躍動し、スタジアムに奏でられるカナリアの歌声に、観衆から喝采がやむことはなかった。

永遠に続くように思われたサッカー王国の栄華も、この時代を最後に衰退をたどる。自由に羽ばたくカナリアは、組織的に管理されたヨーロッパサッカーの前に、無残に羽をもぎとられてしまう。


やがて、勝利に渇望する国民により、カナリアに厳しい規律が設けられる。ブラジルサッカーにも、秩序と進歩が求められていく。


90年代以降、組織的に管理されたブラジルサッカーに、結果が伴うようになっていった。しかし、カナリアの美しい歌声は、いつしか聞かれなくなっていた。

ブラジルサッカーから自由に羽ばたくカナリアの姿は消え、規則に縛られた労働者がノルマをこなす姿がピッチには散見されるようになる。

やがて鳥籠に閉じ込められたカナリアは、歌を歌うことを忘れてしまった。


科学的管理は、しだいに息詰まりをみせていく。機械化された労働は、人間のモチベーションを低下させ、かえって生産性を低下させる結果に陥っていった。


サッカーは、勝敗を競うスポーツであると同時にエンターテイメントでもある。

歌を忘れたカナリアは、ロライマ山に棄てられてしまうのだろうか。

はたまた、制約という鳥籠から解き放たれ、再び歌を歌いはじめる日が訪れるのだろうか。






『21年間のキャリアの中で、いいプレーができなくて批判を受けたことはあるけれど、走らなかったことで批判されたことは一度もない』


                   byサッカーの王様・ペレ





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