整えることは、特別なことじゃない
整えることは、特別なことじゃない
受け容れることは、簡単じゃない
猫と生きる中で知ること
😺
苦しみは、
愛しているから
生まれるものでもある
最近、
「一切皆苦 いっさいかいく」という言葉を知りました。
生きている以上、
苦しみは避けられない——
そんな意味を持つそうです。
なるほどと思う一方で、
「そう思えたら苦労しない」
という声も、きっとあるだろうと思いました。
私も、そう思います。
大切な存在がいるほど、
心配になるし、
失うことは怖いし、
思い通りにならない現実は苦しい。
猫さんと生きていると、
そのことを何度も思い知らされます。
でも、
その苦しみは
“愛しているからこそ”
生まれるものでもあるのだと思うのです。
だからといって、
簡単に受け容れられるわけではありません。
苦しいときほど、
理由を探したくなるし、
何かのせいにしたくなる。
でも、
外側に答えを探し続けている間は、
本当の意味で
受け容れるところには辿り着けないのかもしれません。
日々を大切に生きること。
目の前の小さな幸せを感じること。
猫さんと過ごす“今”を、ちゃんと生きること。
そういう積み重ねの先に、
少しずつ、
受け容れる力は育っていくのかもしれません。
苦しみがなくなることは、
きっとないのだと思います。
でもその苦しみは、
大切に生きている証でもあるのかもしれませんね。
話したいと思ったときに
猫さんのことを話しているうちに、
氣づけば、自分のことを話していた。
そんな時間になることがあります。
猫さんのことをきっかけに見えてくるものは、
案外、その人自身の心や身体のことだったりします。
逆に、 ご自身のことを話していたはずなのに、
猫さんとの関わり方につながっていくこともあります。
だから私は、
最初から「これはカウンセリング」 「これはアニマルコミュニケーション」と 分けすぎないようにしています。
お話を伺いながら、 その方と猫さんにとって 今、必要だと感じたことを そのときの流れの中で行っています。
もし、
「少し話してみたいな」 「聞いてみたいことがあるな」
そんなふうに思われたら、 どうぞお声かけくださいね。
必要なタイミングで、 必要な方に届きますように🌿
セッション内容や料金など、 詳細については
こちらにまとめています🌿
「長女だからしっかり者」って、本当にそう?
「長女だからしっかりしてるよね」
「次女は要領がいいよね」
そんな言葉を聞くたびに、
私は少し違和感を覚えます。
本当に、そうでしょうか。
昔、
水泳教室で子どもたちを教えていたことがあります。
その中で見てきたのは、
長女・長男だからといって
責任感が強い子ばかりではないし、
次女・次男だからといって
要領がいい子ばかりでもない、
という、ごく当たり前のことでした。
もちろん、
そういう傾向が見えることは
あるのだと思います。
でもそれは、
生まれ順そのものというより、
その子が
どんな環境で育ち、
どんな役割を求められてきたか、
そうした積み重ねの方が
ずっと大きいのではないでしょうか。
それなのに、
「長女だから」
「末っ子だから」
「男の子だから」
「女の子だから」
そんな言葉で
人をひとくくりにしてしまうことが、
世の中には案外多いように思います。
しかも、
そう言われ続けることで、
本当はそうでなくても
その役割を背負ってしまうこともある。
猫と暮らしていても、
同じことを感じることがあります。
「この子は神経質」
「この子はわがまま」
「この子は甘えん坊」
そんなふうに
言葉をつけたくなることはあるけれど、
その奥には
その子の理由や、
その子の世界があるのだと思うのです。
傾向を知ることは、
悪いことではないと思います。
でも、
“分かったつもりになること”と
“その存在をちゃんと見ること”は
きっと、別のこと。
目の前のその子を、
目の前のその人を、
こちらの持つ言葉や型ではなく、
その存在として見られているだろうか。
そんなことを、
時々、自分にも問いかけたくなります。
寄り添う、ということ