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高2の時

委員長は率先して変な事をやる人間だった。


授業中、皆が寝静まってシーンとしてきた頃

ぷ~っ と独特の口真似でおならのマネをする。

その直後に真顔で「失礼!」と言う。


なぜか寝ていたハズの皆が爆笑。

そんな事は常に授業中やっていて、みんなに流行った。

皆、おならの口真似や、何かやった後の「失礼!」を言っていた(笑)。


僕は僕で、噛んで無いのに噛んだ様に感じる

「噛むマネ」

を開発したり(トホホ)

全身でどこをつねると一番痛いか研究?したり、

独自の路線を開拓していた。

一番痛い所は、上腕三頭筋の長頭の真ん中辺り。

是非お試しを(笑)。

僕が開発した噛むマネも流行った。

半袖で机に寝ていると、格好の餌食。至る所で各自が噛むマネを試していた。

寝ている方は、突然噛まれた感じになるのでやはり至る所で

「あぁ~もぅ」

「うっぜ~なぁ」

「何だよ、もう~っ」

あちらこちらで、迷惑がっていた。


三頭筋をつねるのも流行った。

ある時、友人とお互いが相手の左三頭筋辺りを右手でつねる。

お互い物凄く痛い。

お互い負けたく無い。

お互いつねる手を離さない。

痛いから、お互いつねられている左腕を後ろへ引く。

しかしお互い離さないので、「痛て~っ!!痛て~っ!!」叫びながら

コマの様にぐるぐる回った。

気が付くと机や椅子を吹っ飛ばし

ミステリーサークルの様に教室の真ん中だけ円状に開けていた。

カラテも燃えて?いて、屋上や廊下で毎日毎日、毎時間毎時間闘っていたのもこの頃だった。

年一回の全日本選手権は高1高2高3と毎年教室にポスターを貼った。

僕がいない間に、ポスターがよく剥がされている事があった。

しかし、破れない様に、折れ目も付かない様に、そ~っと優しく剥がしてあった(笑)。

もし折れ目でも入ろうものなら、僕に蹴られるのが分かっているからだった。

しかし何回も剥がされた(笑)。


高1の1月に行われた第三回世界大会では、

黒板の左端にでっかく宣伝を書いて、「三瓶vsウィリー激突か!?」「チケットは大長まで」なんてやっていた。

先生も何も言わなかったし、消されなかった。


それから、こんな事もあった。

カラテをやっていたから、敵も多かった?

お昼休みの時間に一番後の席でくつろいでいると、廊下をダッシュしてくる足音が聞こえた。

その足音の主は僕の教室に入って来た!
何故か一直線に僕に向かって来る!

「ダッダツダッダッ」
迷い無くダッシュしてくる。

「!??」

いきなり、僕の鎖骨に熊手(4本の指を第二関節まで曲げる形)で引っ掻けて、鎖骨を引き抜こうとしている。


「キェ~~~ッ!!」

奇声とともに5~10秒?引っ張られた。

「んが~~~っ!!」

突然の痛みに苦しむ僕。

彼は満足するまで、僕の鎖骨を引っ張ると

再びダッシュで消えていった・・・・・・・・。



やられた・・・・・。



敗北感で一杯だった。


不意打ちだったが、武道家としては失格だった。


昭和の良い時代であった。

続きはまた。



こんな高校生でしたが、今は立派に働いてます。パーソナルトレーナー大長武史。