ひらけごま -7ページ目

ひらけごま

あたまもこころもひらけごま。
不思議で愉快な日常??
主夫やりつつ小説書きつつ猫や草花と話しつつ。

新人作家のブログや自主メディアを見るようになりました。

 

 

 

 

 

それで、ちょっと気になっていることがあって。

 

 

 

文学評論の文献を漁れば、すぐにわかることなのに、

 

 

調べもせずに、放置してる人がいたり、

 

 

あるいは、近代以降の文学史を見れば、わかることも、

 

 

わざわざ放置されていたり、

 

 

なんでそんなにテキトウなの??

 

 

と思ったり。

 

 

 

 

文学・文芸は、その期間をみても、

 

 

純粋に国産なのだと思う。

 

 

 

 

文化であり、教養であり、知的活動媒体であり、

 

 

すなわち学問。

 

 

それも大衆的、もっというとエンタメ的で、

 

 

想像以上に可笑しく、面白く。

 

 

 

 

土地に根付いているからこそ、

 

 

つまり、大衆に広まるからこそ、

 

 

意味があるのだと思う。

 

 

 

 

歴史上、日本文学はいずれの状況にあっても、

 

 

世界のあらゆる他の、

 

 

小難しい学術体系を飲み込んで、

 

 

ここにしかない発展を遂げているように見える。

 

 

 

 

だから、めんどくさがって調べないのは、もったいないと思う。

 

 

確かに文学評論は一見とっつきにくいし、

 

 

文学史も評論ベースになってるし、

 

 

加えて、国語の教科書のようで、つまらないけれど、

 

 

だからこそ、そこから古今東西の文学へと、

 

 

原典を読んで、

 

 

自分の感性を信じて読めばいい。

 

 

評論家や史学家の感性を侮ったらいい。

 

 

 

 

評論や歴史の上でのみ語りうる文学が、

 

 

いかにくだらないかを、

 

 

創作の、純粋な眼差しを当ててやればいいと思う。

 

 

 

 

だって、みんな知ってるじゃないか。

 

 

文学は、こんなに楽しいのだから。

 

 

もっと楽しみ、もっと笑い。

 

 

そして先人たちより、先の世界を創り出せ。