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それで、ちょっと気になっていることがあって。
文学評論の文献を漁れば、すぐにわかることなのに、
調べもせずに、放置してる人がいたり、
あるいは、近代以降の文学史を見れば、わかることも、
わざわざ放置されていたり、
なんでそんなにテキトウなの??
と思ったり。
文学・文芸は、その期間をみても、
純粋に国産なのだと思う。
文化であり、教養であり、知的活動媒体であり、
すなわち学問。
それも大衆的、もっというとエンタメ的で、
想像以上に可笑しく、面白く。
土地に根付いているからこそ、
つまり、大衆に広まるからこそ、
意味があるのだと思う。
歴史上、日本文学はいずれの状況にあっても、
世界のあらゆる他の、
小難しい学術体系を飲み込んで、
ここにしかない発展を遂げているように見える。
だから、めんどくさがって調べないのは、もったいないと思う。
確かに文学評論は一見とっつきにくいし、
文学史も評論ベースになってるし、
加えて、国語の教科書のようで、つまらないけれど、
だからこそ、そこから古今東西の文学へと、
原典を読んで、
自分の感性を信じて読めばいい。
評論家や史学家の感性を侮ったらいい。
評論や歴史の上でのみ語りうる文学が、
いかにくだらないかを、
創作の、純粋な眼差しを当ててやればいいと思う。
だって、みんな知ってるじゃないか。
文学は、こんなに楽しいのだから。
もっと楽しみ、もっと笑い。
そして先人たちより、先の世界を創り出せ。